第2話 薫風

 彼女は小春日和に吹く温かい風のような女性だった。頬を撫でていくその風は、爽やかでかつ、春の生命の息吹をふんだんに含んだような瑞々しさに溢れている。それでいて、どこかに花の薫りをまとったような優しさを持っていた。

 彼女を最初に見たのは、会社のミーティングだった。自分の会社は月イチで全社員が集まってミーティングをするというルールがあった。

 IT系のベンチャー企業だったため、社員は主に他企業に派遣されて、他企業で仕事をする。そんな社員が大半を占めていた。それ故、社員の交流も含めて、月に一回集まる理由を作っていた。

 そのミーティングでちらりと見かけた。肩に掛かる長さの黒髪で姫カット、リクルートスーツを着ていた彼女は、ひどく幼く見えた。中学生、高校生と言っても通用しそうな外見の可愛らしい女の子だった。リクルートスーツだから、新卒の子なのかしら?と思ったものの、入社したてで自分のことで精一杯だった俺はすぐに彼女のことは頭から抜けてしまった。

 数カ月後。俺の働いている現場で人材が足りないという話が浮上した。俺は自社の立場がよくなればと、営業の人間に話を通した。結果、追加されることになったのが彼女、佐野風花さの ふうかだった。

 初めは「可愛らしい子なので、仕事を通じて少しでも仲良くなれれば良いな」ぐらいに思っていた。

 仕事の関係上、そして、彼女のスキルを考慮して席は俺の隣になった。

 彼女は俺が想像していたよりも明るく、話好きで、自分の趣味から悩みまで何でも話してくれた。

 彼女は二十五歳で、趣味はコスプレだった。現場の人間には明かしていなかったが、自社の人間だった俺には明かしてくれた。コスプレしている写真も見せてくれた。正直、コスプレしている姿も可愛らしかったが、素の彼女の方が可愛らしく思えた。

 SNSで俺が好きなアニメのコスプレをしている人の画像を見せてくれたりもした。血界戦線のレオのコスプレをしてる画像だったが、ちゃんとCGで『神々の義眼』にしていることに感動した。

 彼女の悩みは、彼氏とのことだった。彼氏はコスプレという言葉が出来る前からコスプレをしていたほど、コスプレ界では古株らしい。同棲しているのだが、フリーランスをしている彼氏の仕事の手伝いや家事をした出来高で生活費が貰えるらしく、現場に入ったばかりの頃は昼食代にも困っているほどだった。それに、彼女が自炊した食事を食べることはほぼなく、夕食はだいたい外食らしい。話を聞けば聞くほどビジネスパートナーといった印象を受けた。

 二人は同棲しているけど、結婚する気は無いらしい。

 俺は一応、現場では彼女の先輩という立場だった。会社の人間に「その彼氏変だよ」なんて言われたら嫌だろうと思って黙って聞いていたが、すでに彼女の彼氏が嫌いだった。

 俺は付き合ったらすぐに結婚を考える方だったし、きちんとけじめをつけるのが男だと思っている。妻の両親は離婚していて、妻は結婚する前はお母さんと暮らしていた。親父さんは近くに住んでいたが、あまり交流がないと言っていた。それもそうだろう。妻が物心つく前にお母さんと親父さんは離婚してしまったらしいのだから。だから、妻にはわざわざ行く必要がないと言われたが、結婚前には親父さんのところに正装して挨拶に行った。それが俺なりのけじめだと思ったからだ。

 ところが彼女の彼氏は、彼女の手料理を食べない。お母さんの料理しか食べられないマザコンなのか。よほど、彼女の手料理が口に合わないのか。

 何か二人の間で理由があるのかは分からないが、結婚する気もない。何も知らない俺には、けじめをつける気がないように映る。そんな男を好きになれという方が無理というものだ。

 俺は妻が作るものは食べたいし、正直に俺の口に合っていると思う。それは妻の努力あってのものだ。そうやって他人同士が家族になっていくのだと思っている。彼女の彼氏はそれを初めから否定しているのだと思っている。

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