あなたに読む恋文〜小さな恋のうた〜

柿沼進一

第1話 恋

 俺は今、幸せだ。それは心から言える。

 妻は、愛ゆえに些細ささいなことでも心配してくれている。それが痛いほど分かる。

 俺は柿沼進一郎かきぬま しんいちろう。40歳。しがない会社員だ。

 子どもは3人いる。中学2年生の女の子、小学3年生の女の子、小学1年生の男の子。みんな、自分に懐いてくれている。

 長女は、反抗期で不登校気味ではあるが、俺と会話がないわけではない。俺も妻も中学時代は不登校気味だったので、特に何も言わない。というか言えない。俺ががフザケても、普通に笑って返してくれる。もちろん、向こうからフザケて来るときもあるし、まだ「自分とパパの洗濯物を分けろ」なんてことも言ってはこない。一緒に出かけることは少なくなったもの、出かけた先で長女の方から手を繋いでくるぐらいだ。

 次女は、天然でちょっと抜けたところがある。その分、女の子女の子している。すぐにでもアイドルになれると思うのは親バカだろうか。テレビを見ていたり、食事前などに、俺に寄りかかってきたりと、まだパパに甘えてくれる。先日は、結婚しても家に居て、俺たち両親を介護してくれるとまで言ってくれた。

 長男は、はっきりと「パパが大好きだ」と言ってくる。親子でお揃いのTシャツがあるのだが、俺がそれを着ると、わざわざ着替えるほどだ。休みの日には一緒にゲームもするし、何かとすり寄ってくる。前世は猫ではないのかと思うほどだ。すぐに俺に洗脳されて、パパが見ているアニメを一緒に見ようとする。まさに、俺の二世といった感じだ。

 子どもたちが懐いているのには、もちろん理由がある。妻が俺を立ててくれるというのもあるが、普通の父親よりも家にいる時間が長いからだ。

 俺はもう十年近く、うつ病と付き合っている。仕事の忙しさが原因で夜寝れなくなり、受診したところ、うつ病と診断された。

 初めにうつ病じゃないかと気付いたのも、妻だった。

 寝ても、一、二時間で目が覚めてしまう。そして、寝ている間は悪夢を見る。そんな日々を過ごし始めたとき、妻が精神科医を受診してみろと言い出した。別になんともなければ、それでいいわけなのだからと。

 結果、見事にうつ病だった。

 そして、仕事に行けなくなり、休職。しばらくしても改善されないので、会社を退職した。

 それ以降、再就職しては、うつ病が悪化して退職、を繰り返している。

 そのため、家にいる時間が必然的に長くなり、家族といる時間が増える。結果として、子どもが懐く。怪我……というか、病の功名というわけだ。

 うつ病による転職の繰り返しで、いわゆる出世とは縁がなくなった。しかし、そんなことはどうでもいい。俺の父は仕事人間で、休みは平日だけだった。休みの日も父は自分の用事で出掛けてしまう。俺は子どもの頃に父に遊んでもらった記憶がほとんどなかった。

 自分の子どもたちにそんな思いをさせるよりは、家に居て一緒に遊んだ方が良いに決まっている。正直、転職を繰り返すせいで生活は大変ではあったが、家族仲睦まじくいる今の状態に満足していた。

 それに、夢もある。俺の夢は小説家だ。今は仕事をしながら、柿沼進一かきぬま しんいちのペンネームで細々とエンタメ作品を執筆している。小説サイトで公開もしているが、どこかの小説賞に応募するためだ。まだ、賞を取れたことはないが、それでもコツコツ書き続け、応募を繰り返していた。いつか、自分の本を出すために。

 小説家になれば、家で仕事ができる。より家族との時間は増えるはずだ。それに、うつ病を抱えたまま、会社勤めをしなくても済む。もう、転職を繰り返したくない。

 そう思いながら、中途採用で入社したばかりの今の会社に何とかしがみつこうとしてた。そんな、ある日のことだった。

 俺は一人の女性に恋をした。

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