離別






     始まりは突然


     いつの間にか当たり前


     終わりはあっけない






 何て云うのが良い?


 何て云うのが正しい?



 「さようなら」


 「おつかれ様」


 「ありがとう」




 それとも、


 言葉なんて必要ない?


 声をかける必要ない?






Scene14


『ねぇ、ソータ?』


「ん?」


『私さ……バイトしよっかなって思ってるんだ』


「へぇ、いいじゃん!どこで?」


『決めてない』


「まだ、検討の段階ってこと?」


『そ』


「いいんじゃない?シイナはもう少し人慣れしたほうがいいと思う」


『そう、そこが問題……あっ、紐いる?』


「おっ!サンキュー!……でもさっ、やろうと思い立ったんだから偉いよ」


『うん……大学入ったら、せめて生活費くらいは出したいなって』


「そっか……がんばれ!応援する」


『ありがと……あー、結構錆び付いてるね?』


「そだねー、掃除してたつもりなんだけどな……」


『まぁ、屋外に置いてたのは変わりないし』


「まぁね……悪っ、そっち押さえて?」


『ん、了解』


「よっと……あー、やっぱ羨ましいな」


『何が?』


「バイト。俺もやろっかなー、一緒に」


『はぁ?何言ってんの?受験までもう一ヶ月もない人が』


「そーだけどさー、今更やっても変わんなくね?」


『それは、やらないヤツの言い訳』


「ハイ、仰有る通りです……あ、コレどーする?」


『捨てようよ』


「でも、シイナ洗濯してくれてたでしょ?」


『そーだけど……使い道あんの?』


「んー、まぁ思い出に?」


『いらない、そんなもん。燃やせ』


「はーい……けどさ、いいな、シイナはとっとと合格しちゃってさ」


『ソータだって受かってるじゃん?』


「滑り止めね」


『何言ってんの?半年前はあそこだって無理だったでしょ?』


「……そーだけどさぁ」


『ねぇ?つーか、それ一気に降ろすつもり?』


「いんや、一回じゃ無理でしょ?」


『じゃあ、先椅子だけ持ってっちゃおうよ?』


「そだね、シイナ一個持てる?」


『括ってあるから、大丈夫だと思う』


「キツかったら、途中で言って?」


『うん』


 バタンと大きな音をたて、未だ軋む扉が背後で閉まる。

 私とソータは、それぞれ一脚づつ、紐で括ったデッキチェアを抱え、暗い階段を下り始めた。

 十二月に入り、私は志望校に合格した。

 ソータも滑り止めではあったが、一校私立に合格していた。

 三年生は早めに期末試験を行い、既に内申も出ている。

 私のように受験を早々と終わらせた者はまだ少なく、皆目の色を変えて躍起になっていた。

 冬休みまではまだ少しあるが、授業はもう殆ど無い。

 カリキュラムは組まれているものの、登校義務は無い。

 三学期は尚の事、クラスメイトと顔を合わすことすら無くなるかもしれない。

 だから、私達がこうして屋上で時間を費やす必要もないのだ。

 そこで私達は、屋上に持ち込んだ椅子やらラックやらを時間がある時に片付けてしまおうと言う事になった。

 丁度文化祭時に使っていた古くなった看板や暗幕等を粗大ゴミとして処分するという話をソータが聞き付け、丁度良いと言う事になった。

 だから、これから先私達が此処に来る事はもう無いのかもしれない。


「シイナ、足元気を付けてな」


『解ってる。っつーか声デカイ、見付かったら怒られるんだから』


「ウィーッス」


『なにその適当な反応?嫌だよ、今更停学とかくらったら』


「大丈夫だって、文化祭で使用しましたーって言えば」


『捨てるのは倉庫の中の物だけなんだから、嘘だってバレバレでしょうが……』


「大丈夫大丈夫、なんとかなるって。それに、停学なんて大した事無いから」


『大した事でしょ!?』


「いんや、うちの学校の名に傷付くから、実際は無かったことになるよ」


『ナニソレ?何情報よ?』


「情報ってゆーか、……経験談?」


『はぁ?初耳なんですけど?』


「うん、言ってないし」


『……あっそ。……その能天気さは、ちょっと尊敬するわ』


「うん、していいよ」


『はいはい……あっ、そっち紐取れそうだよ?』


「ん?あ、マジだ」


『直す?』


「いいよ、抱えて持ってく」


『途中で落ちないでよ?』


「はーい、あれは痛いから気をつけます」


『はぁ?まさかそれも……』


「そ、経験談」


『いつ?』


「んー、丁度一年前くらい?あ、でもここの階段じゃないよ」


『それも初耳だし』


「うん、言ってない」


『どこで?』


「駅の階段」


『怪我は?』


「骨が折れました」


『そんなの覚えないよ?』


「そりゃそうだよ、会ってないもん。俺学校休んだし」


『ずっとソータが来なかった時?んー、あったようななかったような……にしても、濃い高校生活してるね』


「まぁね」


『褒めてないよ?』


「知ってる」


 なんとか誰にも見咎められずにデッキチェアを倉庫に押し込み、もう一度屋上へと戻る。

 今度は、テーブル代わりにしていたラックを協力して運んだ。

 中身が入ってないラックは、大して重くは無かったけれど、一人で抱き抱えて運んでいたら、苦労したと思う。


(よく考えたら、それら全て始めはソータ一人で運んで来たんだよね)


 無事ラックを運び終えると、また再び屋上へ。

 残すところは、丸めたビニールシートやフリース、ソータの簡易枕なんかを詰め込んだゴミ袋一つになった。

 これは、普通に外に持っていってゴミ捨て場に捨てる手筈になっている。

 屋上までの階段を三往復。

 結構な運動量だが、そこまで疲れてはいない。

 まぁ、三年間でどれだけこの階段を上り下りしたかを考えたら、雑作もない事なのかもしれない。

 私達の過ごした屋上は、あっという間に、古びた、今にも朽ちて崩れ落ちそうな、元の旧校舎の屋上に戻った。

 風化し凹んだコンクリート。

 錆びて所々崩れた柵。

 隅に蟠った落葉。


(私はこんな所に独りで居たんだ……そりゃ荒むわけだ)


 夕陽がビルの隙間に沈んでいく。

 空は、群青と橙が混じりあい、昼と夜の境目を演出している。

 最終下校時刻を報せる鐘が、遠くのほうから聞こえた。


『そろそろ行こ?ファミレス寄ってくんでしょ?』


 扉を背にして、感慨深く屋上を見渡していた私は、我に返ったようにソータへ声をかけた。

 ソータは、私の隣で、同じように屋上を眺めながら、「やっぱバナナオレ買ってくれば良かった」とか呟いていた。


「うん、あっ、ついでにシイナに教えて欲しい事あるんだ」


『何?また英語?』


「オフコース!」


『発音悪い』


「スンマセン」


 相も変わらず、下らない言葉を掛け合いながら、踵を返す。


「……あ、ちょっと待って!」


 だが、私が扉に手をかけたところで、ソータが私の袖を引く。


『何?忘れ物?』


「うん、ちょっとね」


 曖昧に返事して、再び振り返り、数歩戻る。

 私は彼が何を忘れたのか目視で探す。

 屋上には何も無い。

 置いていた鞄は肩から下がっているし、畳んであったコートも着ているし、首もとには、紺色のマフラーも巻かれている。

 何をするのかと思えば、ソータは頭を下げた。

 屋上に向かって、深々と―――。

 五秒経っても頭をあげない。

 ソータが、無生物である屋上に向かって、何を云おうとしているのか、何を思っているのか、さっぱり検討がつかなかった。

 でも……

 ソータの隣に並んで、同じように深く、私も頭を下げた。

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