接触






     一度の偶然


      二度続けば・・・・・・






Scene2



 もう二度と来ないだろうと思っていた例の彼は、またひょっこりと、あれから二週間後にやって来た。


「あっ、みっけ!」


 またしても気安く、さも知り合いかのように屋上の扉を開けた彼に、不覚にも私はまた驚きを露にしてしまった。

 私がこの屋上を見つけてから早一年、けれどその間に背後で誰かが扉を開いたのは、この間と今とでまだ二回目だ。

 いくら周囲に頓着しない私だって、背後で錆びて建てつけの悪くなった扉を軋ませながらこじ開けられたら、ビクリと身をひきつらせてしまっても仕方が無い。


「いるかなーって期待はしてたんだけどさ、本当にいるとは思わなかった」


『…………』


 彼は、ニカリと笑って、此方に向かって歩いて来る。


「この間は、俺が寝てる時に居なくなってたじゃん?」


『…………』


 ぶつぶつとそんな事を言いながら近くまで歩いて来ると、私の立っている右斜め後ろ、この間と同じ位置辺りに、またしてもベタリと腰をおろし、両足を伸ばして座った。

 二週間前に同じ事をして、相当制服を汚しただろうに全く懲りていないようだ。

 それとも、自分が一度横になった所だから、そこには砂埃が溜まっていないとでも思ったのだろうか。

 愚かすぎる。

 制服だって安くないと言うのに。

 私は再び、今度はブンッと風を切って顔を背けた。


「いつもそこに立ってんの?」


『…………』


(いつもなわけないだろ。)


 いつもここに居たら、私は直ぐに退学になってしまう。

 もしくは留年だ。


「座ればいいのに」


『…………』



(……そう言う事か。)


 でもやっぱり答えは否だ。

 足が疲れたと思ったら帰るし、時には手持ちのビニール袋を敷いて座ったりもする。けれど断じてそのまま直に座るなんて事はしない。

 今日この時間は、私のクラスは体育の授業だった。

 ここからは見えないが丁度反対側に位置する辺りのグラウンドの方からは、ワイワイガヤガヤと男女の入り交じった声が聞こえてくる。

 今日は、体育祭の練習を行っているらしい。

 私は、保健室に行くと嘘を吐いて休ませてもらった。


(彼はどうなのだろう?)


「今日は、ちゃんとサボる為のアイテムを準備して来たんだよねー」


 彼は何やらごそごそと持っていたビニール袋を漁っているようだった。


(ビニールあるなら、それに座ればいいのに……)


「はいっ、コレ」


 すると、そんな声と共に、目の前にパックのイチゴオレが現れた。

 あまりの近さに、思わず瞳をしばたく。

 初めて出会った物体でも見るように、私はそれを見る。

 まず、間違いなく、校内の自動販売機で売っている、背中に伸縮可能なストローが付属の、小さめのイチゴオレだ。


「あれ?バナナオレのほうが良かった?」


 眼前に差し出されたそれをいつまでも受け取らない私に、彼は辛抱強く同じ位置にイチゴオレを掲げ続けていた。

 それでも私はそれを受け取らないまま、ギギギと音が鳴るのではないかという程ぎこちなく、彼の方を振り向いた。

 先程までそこに転がっていた筈の彼は、いつの間にか私のすぐ右後ろに立っていた。まぁ、彼の手が私の目の前にあるのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

 何故?と意味を込めて小首を傾げる。

 ここまできても頑なに口は開かなかった。

 それでも彼は、そんな些細な反応でも、私が反応した事に純粋に喜び破顔した。


「お近付きの印に……どうぞ」


 そうおどけて見せて、更にぐいっと付き出す。

 私は初めて彼と向き合っていた。

 彼は爽やかという言葉を模したような人だった。

 着崩した制服もチャラついた雰囲気は感じさせず、茶色い髪も陽に映えている。

 口元から伸びるストローは、左手に持っているバナナオレに繋がっていた。

 十二分な時間をかけて、私は汗をかき始めたイチゴオレを受け取った。


(……どうも。)


 ペコリと頭を下げる。

 彼は歯を見せてニィッと笑う。

 薄いビニールを突き破ってストローを出し、銀色の丸い穴に中身が溢れてしまわぬように差し込む。

 そして、再び顔を逸らし、私は元の体勢に戻った。

 口の中に、イチゴの風味が付いた甘さが広がる。

 また、世界は元通りに戻って回り始め、また、彼の独り言が開始された。


(……私が必ずしもここにいるとは限らないのに。)


(それとも偶然二個持っていたとか?)


(……そんなわけないか。)


 イチゴオレはまだ冷たく、買ったばかりである事を示すように、外気にさらされ汗をかいている。


「もうすぐ体育祭かー。晴れるといいねー。今日みたいにさ」


 今日は一際空が澄んでいて、青も深くて……。

 だから、彼の声もBGMに聴こえた。






 その日も、やっぱり私は一言も喋らなかった。


 でも、やっぱりその内寝入ってしまった彼の横を通り過ぎる時、


『ありがとう』


と書いたメモを残していった。


 彼がそれに気付いたかどうかは判らない。

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