日常想起1
高校生と言うものは案外目まぐるしい。
朝が来て、登校して、勉強して、部活動に参加して、友人とお喋りして、寄り道して―――なんて言う単調なものは一側面に過ぎない。
実際には、クラス替え、体育祭、定期試験、学園祭や受験―――と、次から次に行事が詰まっていて、部活動をしていれば、更に試合だの、合宿だの、大会だのが追加される。
それは、ぼんやりしていたらあっと言う間に取り残されてしまう速さと密度だった。
「朝比奈さん」
一日の授業を終えて、さっさと荷物を纏めて帰ろうとしている
栗色の長い髪をツインテールにし、短いスカートからハーフパンツを覗かせる彼女は、一目で活発さを感じさせる。
「あのね、あっ、ごめんね、引き止めちゃって……ちょっと、いいかな?」
だが椎梛は彼女の名前が思い出せなかった。
そんな事は露も知らず、彼女は恐る恐ると言った感じで話し掛けてくる。
『うん?』
名も思い出せぬまま、話を合わせ、入れ掛けていた教科書を机に置き、小首を傾げてみせる。
「あのね……もうすぐ体育祭があるでしょ?」
『うん』
「それで、クラスで練習する事になったんだけど……朝比奈さんて確か身体……弱いんだよね?」
一瞬言い淀みつつ、彼女はそう訊ねてきた。
『うん……ちょっと参加出来ないかな』
「そっ、そうだよね。いつも体育の時、見学とかしてるし、保健室に行ってる事も多いみたいだし……あっ、別にいいの!先生も分かってるだろうし、クラスの皆にも私から言っとくから」
彼女の質問を肯定すると、彼女は途端に溌剌とした本来の喋り方だろうと思われる口調になった。
どうやら、彼女が話しかけて来た時に見せた戸惑いは、椎梛に対するものと言うよりは、話の深刻さに対するものだったようだ。
椎梛は、少しだけほっとした。
『ごめんね。でも、見学でよければ、練習にも参加させて?』
「え?ホント?大歓迎だよ!じゃあ、詳しい事決まったら、伝えるね。まだ皆に出席出来るか聞いてる段階だから」
『うん。宜しくね』
椎梛の申し出に、彼女は笑みを浮かべて饒舌に喋る。
「茜!そろそろ行かないと、サッカー部の練習始まっちゃうよ?・・・・・・あっ、朝比奈さん、ごめんね。話し中だった?」
突然教室の扉が開け放たれ、駆け込んで来た女の子が、椎梛と会話している彼女に向かって声をかけた。
『大丈夫、もう終わるとこだから。……ごめんね?忙しいのに手間掛けさせちゃって』
「ううん!そんな事ないよ!?こっちこそごめんね、朝比奈さん。それじゃ、またね」
会話の終わり際を感じてそう言えば、彼女もさっと身を翻す。
形ばかりの謝罪が飛び交った。
「ばいばい、朝比奈さん」
「また明日ね、朝比奈さん」
少女達の投げる別れの言葉に、椎梛も手を軽く振ってみせる。
「茜、知ってる?今日から
「ホント!?」
少女達は、椎梛から視線を逸らすと、いつも通りの雑談に大きな声で花を咲かせ始めた。
『はぁ……』
少女達の姿が見えなくなったところで、椎梛は思わず大きく息を吐いた。
会話をするというのは何気無いものだが、意識していると結構疲れる。
果たして自分は上手く笑えていただろうか、と無駄な事を回想する。
自然に強ばっていた肩の力がスッと抜けて、椎梛は再び帰り支度を始めた。
先程の彼女の様に、分け隔てなく周囲と接せられたら、どんなに生きやすいだろう。
でも、きっとそんな彼女だって悩みを持っていて、それを隠して生きているのだ。
そんな、何の足しにもならない事を考える。
教室の窓から見えるグラウンドでは、この学校の部活動の中で屈指のサッカー部が、大会に向けての練習を始めている。
グラウンドの周りには、それを応援する女の子達が黄色い声を上げている。
その中には、先程椎梛に話しかけてくれた少女達の姿も見えた。
椎梛は、なんだか、ここから見える景色は、いつもの屋上から見える景色よりも、一層騒々しくて、美しくないな、と思った。
窓で切り取られてしまっていて、空も自由に見えない。
教科書だの、ペンケースだのを乱暴に詰め込み、椎梛は踵を返す。
その時、ふいに思い出した。
体育委員の
今更ながらに、先程話しかけてきた彼女の名前を思い出した。
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