3. 焦燥
from:tak_■■■@gemail.com
to: taro_yamada@######.ne.jp
subject:僕に起きた怪異についての相談です
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山田太郎さま
はじめまして、僕はタクといいます
山田太郎さんのサイトをみて、今、僕に起こっている
怪異について相談に乗ってほしくてメールしています
お願いです。話を聞いてもらえませんか
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メールを打ち終えると、僕は祈るような気持ちで送信ボタンを押した。
パーカーの人物との出来事のあと、僕は逃げるように帰宅して部屋でパソコンを開いた。
「山田太郎の怪異寄合所」のトップページの下の方には、『あなたの怪異体験談をお聞かせください』というテキストとメールフォームを開くボタンがあり、僕はもう躊躇せずにそれを開き先ほどの文章を打ち込んだのだった。
その日の夜、まもなく21時になろうとする頃、メールの着信音が鳴った。
それは「山田太郎」さんからのものだった。
from:taro_yamada@######.ne.jp
to: tak_■■■@gemail.com
subject:re:僕に起きた怪異についての相談です
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タクさん
返信が遅くなり申し訳ありません、山田太郎です。
私のホームページを見ていただきありがとうございます。
どこまでお力になれるかはわかりませんが、
私でよかったらお話を聞かせていただけますか。
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短い返信だったが、それでも今の僕にとってはこの上なく心強く感じられた。
それから僕は何回かに分けて、これまでに起こったことを山田太郎さんにメールで送信し、「山田太郎」さんからは、その都度いくつか細かい内容を確認するような返信が届いた。
そして最後に、今日のパーカーの人物の件を送信した後だった。
なぜか返信まで間が空いて届いたメールは、これまでとは少し雰囲気が違っていた。
『今日はタクさん自身もその謎の人物を見たということですね? 申し上げにくいことなのですが、それはあまり良くない兆候かもしれません』
その一文に一瞬息が止まりそうになりながらも、僕は先を読み進めた。
『怪異ファイルにも書いてあったと思いますが、もし、別の自分と出会ってしまうと、命を失ってしまうと言われています。もちろん真偽はわかりませんが、もしこれからその人物が更にタクさんに近い所に現れるようになったとしたら……何か不測の事態が起きる可能性も否定できないと思います』
『お願いします。何か方法はありませんか? このままでは、不安で頭がどうにかなってしまいそうなんです』
僕は必死の思いで「山田太郎」さんへ返信した。
また少し間を開けてから、「山田太郎」さんから返信があった。
『こんなことをお聞きすると気を悪くされるかもしれませんが、タクさんのお住まいは東京でしょうか?』
『はい、東京です』
『そうですか。ではS鉄道▽▽駅まで来ていただくことは可能でしょうか?』
『▽▽駅は、降りたことはないですが知っています。行けます』
『では、なるべく早くお話しできたほうがいいと思いますので、明日▽▽駅東口の駅前にある、喫茶「アスカ」へ来ていただけますか? 検索すればすぐに見つかると思います』
『学校が終わってからなら――16時でもいいですか?』
『私は大丈夫です。それでは明日お待ちしています。それと、可能であれば持ってきていただきたいものが――』
メールのやりとりを終えて、僕は力が抜けたようにベッドに転がった。
「山田太郎」さんに会ったところで、事態が好転する保証なんてないのはわかっている。
しかし、今はこの説明し難い不安に、少なくても一人は向き合ってくれる人がいることに救われた気がした。
翌日、僕はまんじりともしない1日を過ごした。
幸いなことに、「僕」の目撃談を聞くことはなく、僕自身も目にすることはないままに放課後を迎えた。
ホームルームが終わると、僕はすぐに学校を出て駅へと向かった。
学校の最寄り駅から数駅先のターミナル駅で乗り換え、15分ほど電車に揺られたところに▽▽駅はあった。
喫茶「アスカ」は、▽▽駅東口の改札を出て通りを挟んだ真ん前の位置にあり、探すまでもなく簡単に見つかった。
いわゆる「カフェ」ではなく「喫茶店」という言い方がしっくりくる佇まいの店だ。
年季の入った木製のドアを開けると、軽やかなベルの音と芳醇なコーヒーの香りが流れてきた。
応対に出てきた年配の女性に待ち合わせであることを告げると、僕は店内を素早く見渡した。
店内には、若いカップルの男女が一組いるほか、中年女性が一人、若い女性が一人、そして、奥まった席に頭が少し薄くなりつつある、太った中年の男性の姿が見えた。
――あの人か?
僕は、中年の男性に近づいていった。
男性は、何かの新聞を読んでいる。
「……ええと、すみません。山田太郎さんですか?」
僕が声をかけると、男性は少し驚いたように顔を上げ怪訝な表情を浮かべると一言、
「違うけど」と呟いた。
「すみません。人違いでした」
この人じゃない?
もしかして、早く着きすぎたのだろうか。
所在なくその場に立ち尽くす僕の背後から、涼やかな声がした。
「あのー、もしかしてタクさんですか?」
振り返ると、そこには店内にいた若い女性が立っていた。
よくわからないままに僕は頷いた。
「ああ、よかった。ちゃんと会えて」
そういうと、女性は少しはにかんだように微笑んで頭を下げた。
「はじめまして。私が山田太郎です」
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