2. 不穏な影

 僕は自分の部屋でパソコンに向かっていた。


「自分 同じ人 目撃」

「自分 分身 存在」


 とりとめもなく検索ワードを組み合わせてみるものの、僕が望むようなものはなかなか見あたらなかった。


 僕は検索の言葉を打ち込みながらぼんやりと考えていた。

 最初のころは、仮に僕と瓜二つの人間が存在したとしてそれは最終的には他人のそら似といった話で片付けられるのだろうと考えていた。

 しかし、クラスメイトが会ったという「僕」は、少なくとも僕のクラスの人間でなければ知り得ない情報を知っていたことになる。

 とはいえ、同じクラスの中に僕と間違えられるほど似た人間はいないし、そのクラスメイトも、悪質なイタズラをするようなタイプではない。


 その時、たまたま組み合わせた言葉の検索結果の内容を見て、僕は指を止めた。


『怪異ファイル54.ドッペルゲンガー この世には、あなたと瓜二つの人間が存在する!?』


 リンクをクリックすると、真っ黒な背景の中に白い文字が浮んだページが現れた。

 そのまま、テキストを読み始める。


『ドッペルゲンガーとは、ドイツ語のドッペル(英語のダブル)と、身体などを表すゲンガーを合わせた言葉で、二重身などと訳される、分身のような存在を差す言葉です』


 このぐらいはなんとなく聞いたことはある。


『一般的に、ドッペルゲンガーには次のような特徴があると言われています』


 ・主に本人に関係する場所に出現する

 ・ドアを開けるといった物理的な行動が可能であるのに加えて、突然姿を消すといった超物理的な行動をとることもある。

 ・基本的に他者とコミニュケーションはとらないが、まれに例外もあると言われる。

 ・ドッペルゲンガーと本人が対面・接触した場合、本人は死ぬと言われている。


「死ぬ」という言葉に、一瞬心臓を掴まれたような気がした。

 それ以外の記述については、これまでに聞いた目撃内容と合っている部分も多い気もする。

 だからといって、にわかには信じられない気持ちもどこかにあり、僕は更に先を読み進めようとした。


 しかし――。


「えっ、これで終わり?」

 記事はそこで終わっていた。


 僕は慌てて他の検索結果を当たってみるものの、まるで論文のような詳細で難解なサイトか、創作ネタのようなサイトばかりで、結局有益な情報は得られなかった。


 仕方なく、僕は最初に見たサイトへ戻り、トップページへ移動してみた。

 そこには、真っ黒い背景の中心に、大きく赤い文字で「山田太郎の怪異寄合所へようこそ」と書かれていた。


 そのサイトはブログではなく個人で運営しているようで、主なコンテンツは「怪異ファイル」と「太郎の日記」そして「掲示板」だった。

 先ほど僕が見たのは、怪異ファイルの中の一つらしい。

 怪異ファイルを開くと、現在は80個ほどの項目があり、内容としては、ドッペルゲンガーのようなモンスター図鑑的なものと、実際に起こったとされる怪異現象事例に分かれているようだった。

 ただ、内容は正直どれも薄い。

 管理人の「こういうものが好きなんです」という思いは感じられるものの、情報量でアピールしたり、考察で深堀りするつもりはないらしい。

 結局、僕は怪異ファイルについてはこれ以上の情報収集を諦めて、「太郎の日記」へと移動してみた。

 何となく、どんな人が運営しているのかが気になったからだ。


 日記は、時々日付が飛んでいるところもあるが、割とマメに更新されていた。


 最近のほうから見てみると――。


『9月12日 今日は時間があったので、久しぶりにウルトラシックスの第8話を見ました。やっぱりシックスは、他のシリーズとはひと味違う、大人になっても楽しめる奥深さがありますね』


 ウルトラシックスって、たしかもう何十年も前のヒーローものだと思ったが。


『9月10日 今日、悲しいことに我が家で?十年、動いてくれていたビクターのVHSデッキが動かなくなってしまいました。まだDVDに移してないテープが結構あるのに……』


 ……VHSデッキってなんだ?


『9月9日 な、なんと! CSレトロメで、あの懐かしの鋼人タイガーエイトが10月25日より全話放映されるらしいです! これは永久保存確定ですね!』


 鋼人タイガーエイトが何かわからず、思わず検索してしまった。


 ――鋼人タイガーエイトは、昭和49年10月15日から昭和50年1月21日まで、クジテレビ系列で放映された、ビープロ制作の特撮テレビ番組である。当初は全46話が予定されていたが、視聴率の不振により全14話で打ち切り終了となった――。


 知らないよ、そんなマイナー番組。


 他のところを見ても、書いてある内容は古い特撮テレビ番組や、昭和ネタみたいなものがほとんどだった。


 内容もそうだが、コンテンツ、ハンドルネームのネーミングセンス、どれをとってもモッサリ感が漂うサイトの雰囲気から「山田太郎」さんは結構な年齢の男性なのだろうなと思われた。

 しかも、かなりオタクの。


 最後に僕は「掲示板」へと移動した。

 そこは見事に過疎化していて、書き込んでいるのはほとんどが固定のファンと思われる2、3人だけで、それも1ヶ月に1回とか、そんな頻度のようだった。

 しかし、その書き込みに対して「山田太郎」さんは毎回丁寧に返信をしていて、人柄の良さだけは伝わってきた。

 一瞬、僕は「山田太郎」さんに相談の書き込みをしてみようかとも思ったのだが、なんとなく気後れしてしまい、結局その日はブックマークだけしてパソコンを閉じた。


 それから数日後。

 ここ何日かは「僕」の目撃話も聞かれなかったが、相変わらず不安な日々は続いていた。

 それは放課後に学校から駅へと向かう多くの生徒達に混じって、僕が通りを歩いていた時だった。

 前方の生徒達の姿が折り重なるその先に、チラリとオレンジ色の背中が目に入った。

 最初は気にも止めなかったが、何度かその背中を見ているうちにそれは最近僕がよく着ているパーカーと同じものだと気がついた。

 もちろん、高価なものではないから同じものを持ってる人がいても不思議ではない。

 しかし、よく見るとそのパーカーの人物が肩にかけているリュックも、今、僕が肩にかけているものと、同じもののように見えた。


 ――そこまで偶然が重なることがあるのだろうか。


 僕は、よく確認するため、少し足を早めて生徒達の間を縫うようにパーカーの人物への距離を詰めようとした。

 しかしあと30メートルほどの距離まで近づいた時、不意にパーカーの人物は生徒達の群れを離れ、通りから細い横道へと入っていった。

 少し遅れて僕も横道へ駆け込む。


あれ!? どうして――。


 両側に雑居ビルが立ち並ぶ細い横道は、少なくとも100メートル以上は先を見通せるのだが、視界に入るのはパーカーの人物とは明らかに異なる数人の通行人だけだった。

 僕は狐につままれたような思いで更に横道を進んでみたものの、あのパーカーの人物は、もうどこにもいなかった。


 その時、手前にあるコンビニから見覚えのある顔の二人組が出て来た。

 同じクラスの、江藤と五十嵐だった。

 買い食いでもしていたのか、二人とも手にアイスバーを持っている。

「あれ? タクじゃん」

 二人は僕を見ると、なぜか周囲と僕を何度も見回してから、首をかしげるような仕草をみせた。

 そして、江藤が僕に向かって言った。


「タク、さっき着てたパーカーいつの間に脱いだの?」

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