第17話 花束・上

 『セシリア』の開店時間になった。他の女の子達も揃った。店を開けていいのか、カズヤを始め黒服たちが困惑した表情を浮かべている。

「店を開けて頂戴。私たちは、道頓堀交番に移動するわ、申し訳ないけどサキさんだけ付いてきてくれないかしら?エマさんと一番仲良さそうだったし。オーナーには、交番に来るように伝えて」

 櫻子はそうカズヤ達に伝えると店のシャッターを開けさせた。そこから、さっさとエレベーターに向かう。黒服は厨房に入り、女の子たちは待機したり店の外に出て客引きを始める。篠原は2本目の煙草を灰皿に押し付けて消したサキの前に向かう。

「すみません、なるべく早く終わらせますので」

 小さくため息をついて、サキは立ち上がった。背が高い。篠原は186センチだが、ローファーのサキは173センチ近くはある様だった。

 エレベーターで待っていた櫻子と合流して、3人で道頓堀交番に向かう。交番の中にいた安井が驚いたように、サキを連れた二人に話しかける。

「サキが何かしましたか?」

「いいえ、ちょっと話が聞きたくて任意で来てくれました。あと、『セシリア』のオーナーと、キタの刑事が何人か来ます」

 安井は少し安堵したように溜息を零した。もう交代の時間らしく、私服姿だった。

「今から当番の人達には、一条警視の話はしてます。奥の部屋は大きいんで、好きに使ってください」

「有難うございます」

 安井はぺこりと頭を下げると、心配そうにサキを見てから家に帰るのか交番を後にした。安井に変わって、違う制服警官が桜子に奥の部屋やトイレの場所などを説明する。今この交番には、4人の制服警官がいる。後別に2人いるが、繁華街のパトロールに出ているらしい。道頓堀交番は、繁華街にあるので夜当番が多い。繁華街の夜は、警察にとっても忙しいからだ。

「一条さんは?」

 そこへ、高級そうなスーツを嫌味なく着た40代半ばの男が声をかけた。サングラスの下の顔は、なかなかの男前だ。

「私です、あなたは『セシリア』のオーナーさん?どうぞこちらへ」

「はい、香田こうだと申します。まどかとエマについて話があると、店の従業員から連絡を受け来ました」

 香田の後ろには、2人男がいた。どちらも20代後半らしく、秘書かボディーガード的な存在なのだろう。

「お前らはここで待っとれ」

「サキさんもどうぞ」

 その二人に残る様に言うと、彼は案内する櫻子の後に続いて奥の部屋へ向かった。サキも気怠そうに続いた。その様子に、慌てて篠原も続いた。交番勤務の制服警官が仮眠をしたりする部屋なのだろう。机とソファが置かれていて、集めてきたらしい椅子が何客か置かれていた。

「どうぞお掛け下さい、篠原君お茶を」

 香田とサキをソファに座らせて、櫻子はその前のソファに腰を落とす。篠原は制服警官に教えて貰い、お茶の用意をする。

「失礼します、曽根崎警察署の宮城です」

 ノックと共に、曽根崎警察捜査1課の宮城と2人の刑事が入ってきた。櫻子に気が付くと、軽く頭を下げて置かれていた椅子を引き寄せて近くに座った。

「香田やないか、何でお前がおるんや!」

 櫻子の前にいる人物を見て、宮城が声を上げた。香田は唇の端を上げて笑うと、背凭れに背中を預けた。最初に櫻子に話しかけた紳士的な風情から、ヤクザの様な態度に変わっている。

「そう言う宮城さんは、キタ管轄やないんですか?アンタこそ、何でここに?俺は、この美人の刑事さんに呼ばれて来たんやけど?」

 説明を求めるように櫻子に視線を送ると、櫻子は宮城と部下達に話しだした。

「お知り合いなのかしら?こちら、宗右衛門町のガールズバー『セシリア』のオーナーの香田さんと従業員のサキさんよ」

 サキはぺこりと頭を下げ、香田は鼻先で笑った。

「先日のお初天神商店街で起きた事件の被害者は、香田さんの店『セシリア』の従業員の可能性が浮上しました」

「身元分かったんか!?」

 思わず宮城が声を上げた。笹部からの報告によると、スマホの基盤は何度も叩き壊され復元が絶望的だったらしい。

「確認を」

 櫻子がタブレットの写真を香田に見せると、彼は頷いた。

「間違いない、エマや」

 写真をじっくり確認して、タブレットを櫻子に返しながら香田は間違いないと付け加えた。

「エマは、キタで死んだんか?ほんで、宮城さんがわざわざお出まししたって訳か」

 篠原が、邪魔にならないように静かにお茶を配りだした。香田と宮城は、睨み合っていた。

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