第16話 波紋・下

「エマさんが? サキさんと反対側の部屋にいた、朝部屋にいなかった人ね?」

 櫻子が尋ねると、カズヤは頷いた。

「二日前と昨日出勤やったのに、店に出勤せえへん。連絡もない。今日店が終わった後にでも部屋覗いて欲しいって、オーナーから連絡入っててん。今日は俺が女の子の送り担当やから、ついでにエマの部屋を見る予定――電話もメールも、ずっと無視されてるねん」


 何かを思いついたように、突然櫻子は篠原からタブレットを奪い取ると、ファイルにある画像をスライドさせて目標の画像を探す。

「ねえこれ! もしかしてこの女の人、エマさんじゃない!?」


 櫻子が取り出したのは、キタのお初天神ビルで死亡した女性の写真だ。

「ちょ、これ死体ちゃうん!? 止めてや!! 怖い!」

 タブレットを見せられたカズヤが、大きな声を上げて嫌そうに身をよじった。

「え、死体?」

 その言葉に、アイリが興味深そうに覗き込んで来る。サキは眉を顰めて煙草を咥えて、ジュリはそのサキに引っ付いた。

「うわー、グロ。刑事さん、こんなの良く画像保存出来るわー。でも、この人エマやわ。こんな顔見たなかったけど」

 アイリは顔をしかめて、櫻子が大きく表示した顔を確認して頷いた。

「このヒール、サキがサイズ合わへんからってあげたやつやろ? あたしじゃんけんでエマに負けたから、よう覚えてる」

 死体の傍に転がっている黒いヒールを指差して、アイリは間違いないと答えた。

「死んだら、こんな顔になるねんなぁ……こわ。おじいちゃんが死んだときは、寝てるみたいやってんけど」

「そんなん見るアイリも、相当やで」

 カズヤは顔を背けて、絶対に見ないと拒否している。櫻子は仕方なく、サキとジュリにタブレットを向ける。二人は嫌そうな顔をしていたが、仕方なく画面を覗き込んだ。

「……間違いない、エマやわ」

 サキがそう言うと、ジュリも無言で頷いた。

「この靴、元々はサキさんのものなの?」

「客から貰ったんやけど、小さくて。あたしは二十五.五センチでこのヒールは二十三センチやったからね。その時いた女の子でサイズ合う子が、エマとアイリやったんかな」

 ハスキーボイスのサキはどこかぼんやりとした声音でそう言うと、ぎゅっと煙草を灰皿に押し付けて火を消した。


「この女性、身分証明になる様なもの持ってなかったの。スマホは基盤が破壊されていたから、確認が出来ないのよ。オーナーに連絡してくれない? 確実な身元の確認と、家族に連絡とりたいわ」

 指示されたカズヤは慌ててスマホでオーナーに連絡を取り、櫻子もスマホを取り出した。笹部に連絡を送るのだ。

「三日前は、出勤してたの?」

 スマホに打つ文字を途中で止めて、櫻子は『セシリア』の従業員を振り返った。

「出勤してたよ。常連さんとアフターに行くって、店終わってからサキと飲みに行ったやんなぁ?」

 ジュリがサキを覗き込んだ。サキは頷いた。

「キタの天ぷら屋さんが三時まで開いてるからって、連れて行って貰ったよ」

「篠原君、簡単に日時と起こった事書いて」

 突然名前を呼ばれた篠原は、手帳のカレンダーをめくり書き始めた。


『三月二十五日(木) 第一の事件キャバクラ「クラブレジェンド」死亡・篠木彩』

『三月三十一日(水) 第二事件ガールズバー「セシリア」死亡・亀井まどか 部屋火災』

『四月一日(水)特別犯罪心理課初日』

『四月二~三日 「セシリア」コウキ行方不明』

『四月十二日(月)エマ最後の出勤』

『四月十五日(水)お初天神商店街雑居ビル 身元不明女性殺人事件(エマ?)』

『四月十六日(金)課長と「セシリア」来店(本日)』


「こんな感じですか?」

「そうね、有難う」

 それを何回も見直して、櫻子は笹部に何かメールを送った。そしてスマホを仕舞うと、『セシリア』の従業員たちに向き直る。

「エマさんが豊胸手術受けたのって、みんな知ってたの?」

「知ってるよ-、一番知ってるのはサキやんね?」

 アイリの言葉に、サキは曖昧に頷いた。

「ん? どういうこと?」

「サキが行ってた病院で、エマとサキは知り合ってここに勧誘したんだよね」

 ジュリも、口を挟む。エマとサキは、思っていたより私的にも仲が良かったようだ。

「サキさんは何の手術を?」

 櫻子の言葉に、サキは黙ってしまった。

「刑事さん、それハラスメント―! 事件に関係なかったら、『もくひ』でもいいんでしょ?」

 アイリが庇うようにそう口を挟むと、櫻子は頭を下げた。

「そうね、ごめんなさい。今は関係ないわね」

「……いいえ」

 サキはそう答えると、二本目の煙草に火をつけた。

「でも……エマさんと思われる女性が発見された日――エマさんとサキさんがアフターに行った、次の日ですね。いつも通りに朝出かけなかったんですか?」

 手帳をじっと見ていた篠原が、ふと気になったことを口にした。サキはすこし驚いたように一度短く息を吸ってから、小さく息を零した。

「天ぷら屋さんにアフターで行く事になったから、その日は行くのを止めようってエマと約束したの。だから、普通に寝てたわ。特にエマには連絡をしてないわよ」

「なるほど」

 納得した篠原は、再び手帳に視線を落とした。


「今からオーナーが来るそうです、刑事さんは大丈夫ですか?」

 オーナーと電話をしていたカズヤが、スマホのマイク部分を手のひらで隠しながら櫻子に話しかける。櫻子は頷いた。

「ええ、構わないわ。こちらも、キタの刑事が数人来るから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る