第15話 波紋・中
「えー、刑事さんなんだー。ブランド系セクシー女刑事って、ドラマの主人公みたいで格好いいねー」
アイリと名乗った女の子が、櫻子から貰った名刺を珍しそうに眺めながらそう言った。残り二人も同感だという顔で頷いている。
「持ってるバックも、あのブランドの新作でしょ? 警察官って儲かるんだ? それとも、パパ活してるとか? 刑事さんなら、五人ぐらいパパ居てもおかしくないかもー」
女三人寄ればなんとやらで、すぐに店内が賑やかになった。いつも毅然としている櫻子が、珍しくたじたじとしている。
「けいし? って偉いの? そっちの彼の上司ってことは、多分すごいんだろうね。カッコいい」
「あなた達、警察嫌いじゃないの?」
この業界に関わらず、警察を嫌う人間は多い。興味深げに話しかけて来る彼女たちの様子に、櫻子は首を傾げた。
「んー、昔は嫌いだったけどね。ヤスさんのお陰で、警察嫌いじゃなくなったかな」
ジュリと呼ばれる女の子が、他の二人に視線を向けた。二人は少し表情を柔らかくして頷いた。
「だよね、ヤスさんはあたし達にも優しくしてくれるし叱ってくれるし、お父さんより好きだよ」
「ヤスさんって……交番の?」
「そうそう、道頓堀の。けど、確かにそれは俺もやわ。警察にヤスさんの存在無かったら、多分アンタら入れてないし」
横からカズヤがそう口を挟むと、おしぼりを大きな袋から出して、タオルクーラーにしまい込む。
「俺、先月までヤスさんとコンビ組んでたんだけど……」
篠原がそう言うと、彼らの興味が櫻子から篠原に移った。
「え? マジ?? あ、制服じゃなくてこんなスーツ着てるから分からんかった」
「スーツ着てると、客にしか見へんよなぁ」
安井の存在がこんなところで役に立つとは思わなかった。彼の知り合いと分かると、『セシリア』の従業員は櫻子達に協力的になった。
「まどかは、本名で店に出てたよ。名前考えるのが面倒だったんだって。まぁ、あたしもだけど」
サキがタバコに火をつけて、メンソール系の爽やかな煙を吐いた。彼女はまどかの寮の隣の部屋に住んでいて、火災で少し移り火したので部屋を引っ越したのだという。
「あたしは次の日朝から出かける用事あったから、あの日はあんまり飲んでなかったのよ。反対隣のエマもね」
「まどかさんの部屋を挟んで、二人とも用事あったの?」
「毎週水曜日の朝は、エマとあたしはホットヨガに通ってたの。だから火曜の夜はなるべくお酒は控えてゆっくりお風呂に入って、朝七時には家出て教室に行くのが決まってるんよ。それで、帰ってから仕事の用意するまで寝るの。あの日、十二時頃帰ってから火事があったって知ったの。スマホに一杯連絡あったけど、音消してたから全然気が付かなかった」
煙草の灰をトントンと灰皿に落とし、思い出すようにサキは瞳を閉じた。
「そうよ、あたしめちゃ電話したのに!」
ジュリが少し怒った声を上げた。
「店にいる子は、みんな知ってる事やん。あたしとエマが水曜の朝は部屋にいないって」
「火事で混乱して、そんなん忘れるわ普通に」
カズヤは一通り開店準備を終えたのか、大きくため息をついてグラスに入っていたウーロン茶を飲みほした。
「火事の騒ぎは、十一時半過ぎだっただろ? サキさんとエマさん、帰ってくるの遅くない?」
篠原が口にした。確かに七時から家を出て十二時に帰ってくるのは遅いような気がする。
「あの日は、サウナに入りたかったの。だから、帰り道にあるスーパー銭湯に寄ったのよ。あたしはサウナに入って、エマはお風呂に入ってたわ。のんびりしすぎて少しエマを待たせちゃったけど。たまに、寄り道して帰ってる。だから、返ってくる時間は決まってないわ」
「まって、この日はまどかさんの両部屋に誰もいないって、みんな知ってたの?」
改めてそう櫻子が尋ねると、カズヤは頷いた。
「キッチンのカレンダーにエマが火曜日を丸してエマとサキって書いてるから、二人の酒は薄めて出してる。カウンターに入るのにキッチン通るから働いている女の子も見てるだろうし、黒服も勿論分かる」
「火事があった週の火曜に店に出ていた、女の子と黒服は誰?」
「今の時期、花見帰りや歓迎会の流れで来る客が多かったから、女の子も黒服も多かったなぁ」
「消えた黒服の『コウキ』はいたの?」
櫻子は、一番聞きたかったことを口にした。
「いや、アイツは仕事に来なかったで。コウキの事、知ってるん?」
カズヤは、不思議そうに櫻子を見た。
「エマも、無断で店に来てへんし」
思いがけずに出た情報に、櫻子と篠原が目を丸くした。
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