第14話 波紋・上
それから南署で新しい報告は笹部に送るように指示をすると、二人で捜査状況の書類を読んで時間を潰した。宗右衛門町に戻ってきたのは、十六時過ぎだ。
「『セシリア』は、十七時開店よね?」
「はい、今は黒服が店の準備を始める時間だと思います」
宗右衛門町の雑居ビルの三階に、『セシリア』はある。二人はもう店を開けて客引きを始めている男女を慣れた仕草でかわしながら、『セシリア』に向かった。
「ごめんなさい、誰かいる?」
シャッターが三分の一ほど開けられた店のドアに身を屈めて声をかけながら、櫻子はガラス戸をノックした。
「はい?」
その声に誰かが気付いたのだろう。店内から聞こえていた大きな音楽の音が切られ、しばらくすると店のドアが開けられて金髪の青年が顔を見せた。
「まだ店開いてないんやけど……あ、ひょっとして面接? いいね、可愛いじゃん! 少し年取ってるみたいやけど」
櫻子の笑顔が凍り付いて、後ろで篠原が笑いをかみ殺していた。
「ごめんなさい、私こういう者です」
櫻子は警察手帳を出して、彼に見せた。篠原も同じく手帳を出す。青年はそれをまじまじと見て、笑みを零した。
「なんや、残念。女の子減ったし、アンタやったら結構稼げそうやと思ったんやけど。最近は、美人の刑事さんもおるんやな。俺、捕まる時はアンタに逮捕して貰いたいわ」
青年は、カズヤと名乗った。それが本名かどうかは分からない。
「まどかの話?」
櫻子が頷くと、彼は店内に二人を入れてくれた。店の中は、結構広かった。二部屋分をワンホールにしているようだ。大きく広いカウンターが並んでいて、その前に椅子が並んでいる。酒のボトルが後ろの壁に並んでいて、カラオケも出来るのかモニターが何個か設置されていた。高級感を出しているようではなく、クラブに近い内装だった。
「ええ子やったのに、ホンマ可哀想やわ」
カズヤは、二人が腰掛けた椅子の前にコーラの入ったグラスを置いた。
「まどかさんは、この店長いの?」
カズヤは暫く櫻子を見つめて、肩を竦めた。
「どうせ嘘ついても仕方ないから正直に言うけど、長いよ。あの子は、十六歳から働いてる」
ガールズバーは風俗営業ではなく飲食店だから十六歳でも飲酒していなければ問題ないが、深夜営業しているので労働基準法と大阪の『青少年の夜間連れ出し等の禁止』などに違反している事になる。現在は二十一歳なので問題ない。それにもう彼女は亡くなっているので、改めて調べてまで明るみにさせる問題ではない。櫻子は、この話は聞かなかったことにした。
「彼女は嫌われる人間じゃないって聞いたけど、貴方から見て人間関係で気になったことない?」
櫻子の問いに、カズヤはテーブルを拭きながら首を振った。
「俺が知る限りは、ないなぁ。金関係も男関係も、意外にしっかりしてて根は真面目やったんやと思う。親があかんから、十六歳で高校も行かんと働きに出たみたいやし」
「親が?」
「聞いただけやからホンマか分からんけど、オトンはギャンブル狂いでオカンは酒依存症やってんて。働かんから金がなくなる。ホンマに困った時にまどかを知り合いに売ろうとして、あの子は逃げてこの店に来たらしい。オーナーはそれを承知で、まどか雇ったって」
篠原は信じられない事実に、息を飲んだ。あの明るそうな彼女が、そんな不幸な目に遭っていたなんて知らなかった。
「親は生きてるの?」
「さあ? 危ない闇金からも借りてたみたいで、逃げたって聞いたけど……一年前かな。金の無心をする連絡が、一回も来なくなったって言ってたな。まどかは安心してたよ」
しかし、篠原は気になったことがあった。
「でも、料理なんかしないって家族から問い合わせがあったって聞いたような……?」
「ああ、それはまどかの妹。逃げる時に、妹だけは連れて逃げてきたんよ。同じ目に遭わされるからってね。今は一人暮らしをしながら、奨学金で大学に行ってるよ」
まどかが真面目に生活していた理由の一つが、妹の存在だったのだろう。
「おはようございまぁす」
開店時間も近くなり、制服のコスプレ姿の店の女の子たちが三人ほどホールに現れた。どの子もギャル風のメイクをした十代後半から二十代前半の姿だ。
「あれー? 新しい子来たの? でも、会社じゃないんだから。スーツとかヤバイ」
櫻子に気が付いた女性達が、楽しげに笑いだした。櫻子は引きつった笑みを浮かべた。篠原は、フォローできずに黙っているしかなかった。
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