第6話 発端・中
珈琲を飲み終えると、三人は揃って特別心理犯罪課を出た。そして、櫻子は部屋に鍵をかけた。何気なく篠原はその様子を見ていたが、鍵は初日見た時と種類が違っているように思えた。最初に見た時は簡単な普通の部屋の鍵だったのだが、複製が難しい新しい種類の鍵になっていた。篠原は鍵を貰っていなかったので、毎朝櫻子が来るまで部屋の前で待っていた。どうやら、知らぬ間に櫻子が交換していたようだ。
「あ、忘れていたわ。この部屋の鍵を渡しておくわね。これは、絶対に誰にも渡しちゃ駄目よ? 警察官であってもね」
櫻子はカードケースにある予備の鍵に気がついたのか、それを外すと笹部と篠原にも同じ鍵を渡した。「はい」と返事を返して、二人ともそれを胸ポケットにしまい込む。
「現場は、お
パソコンとリンクしているタブレットを扱いながら、笹部は報告内容を櫻子に告げる。画面に視線を向けたまま、危なげなく階段を下りる。器用だな、と篠原はそんな事を思っていた。
「あら、すぐそこじゃない」
「一条課長は、この辺の地理もう覚えられたんですか?」
櫻子が関西出身だと知らない篠原が、不思議そうに尋ねた。女性は地理に疎いと、思い込んでいたこともあったのかもしれない。
「私、大学までは関西で住んでたのよ。生家もこの辺りだったから、新しくなったエリア以外は覚えてるの」
櫻子も、高いヒールなのに曽根崎署の玄関口へ足早に向かう。車を用意するには書類を申請してからではないといけないので、タクシーで向かう事にした。駅前近いので、すぐにタクシーを停めて現場へ向かった。
繁華街らしく、昼のランチ前でビジネスマンらしい人の姿が増え始めていた。現場であるビルは、横道を入った少し年季を感じるビルだった。そのビルの外見から分かる様に、空き部屋が多い様だ。ビルの入り口には「立ち入り禁止」のテープが貼られて、その前を野次馬が何人か集まっている。野次馬を規制するための制服警官の姿も、何人か見えた。
「曽根崎署の一条よ。中に入らせて貰うわね」
その制服警官に手帳を見せて、櫻子達はビルの中に入った。制服警官は、初めて見る櫻子の美貌と手帳に記された階級に驚いているようだった。そんな彼女の部下が自分だと思うと、篠原はなんだか誇らしかった。
エレベーターは設置されていない様だった。「冗談でしょ……」と、笹部はため息とともにそうぼやいたが、櫻子はハイヒールで先に階段を上る。篠原に促されて、笹部は嫌々それに続いた。
「おや、お嬢さん。珍しく部屋から出たんですか」
そこには、宮城課長がいた。三人を見つけると、不快そうに眉を寄せる。三人を知らない捜査一課のメンバーと鑑識が、その言葉に手を止めて視線を向けた。
「初めまして。この春から曽根崎署に配属された一条櫻子警視と笹部亮樹警部補、篠原大雅巡査部長よ。よろしくお願いします」
櫻子の凛とした声が、現場の全員に届いた。一瞬シンとしてから、少しザワついた声が上がる。櫻子が敢えて階級を口にしたのは、
「私語しとらんと、さっさと手ぇ動かせ!」
宮城が怒鳴ると、慌てて彼らは再び仕事に戻った。しかし、チラチラと三人に興味深そうな視線を向けていた。
「少し興味がありまして――私が来ては、迷惑でした?」
櫻子は、うっすら笑みを浮かべている。宮城は口を開こうとしたが、初日の刑事局長のメールを思い出したらしい。わざと大きな咳払いをして、再び口を開いた。
「見られて困るような事はありませんが、捜査員の邪魔だけはせんといてください」
「それは勿論です、では失礼しますね」
あらかた鑑識の作業は終わっていたようで、そのまま部屋の中に入った。
櫻子はスカートに気を付けながら屈むと、被害者である女性を覗き込んだ。
「彼女、死んだのは明け方近くかしら? それにしても、心肺蘇生したみたいだけど、一体誰がしたの?」
櫻子の言葉で、部屋にいる全員が黙り込んだ。
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