第457話:アオイ。


 さて……どうしたものか。

 六竜みんなが気を使ってくれて、まずは俺が先に街へ戻ってみんなに顔を出せと送り出してくれたのだが……。


 あんな別れ方したからどんな顔して戻ればいいのか分からねぇ……。


 キララやネコ、イリスは俺がどうなっちまったのか全く知らないままだろう。

 きっとあの後もう一度あの魔王城まで押しかけてるんだろうし、ほぼ塵と化した城を見て何を思ったのか……それは俺には分からない。


 だけど、きっと俺の事を探しただろう。

 いくら探しても見つからずに俺が死んだと思ったかもしれない。


 もしあいつらが街に帰ってきて、他の連中にその話をしていたら?


 そう考えると俺はどんな顔してみんなの前に顔を出せばいいのか分からん。


 考えすぎだろうか……?

 いや、しかし……。


 人目を避けて拠点の家のすぐ裏までは帰ってきたものの、そこで俺は頭を抱えているという訳だ。


「……えっ、み、ナト……?」


 やべっ。


 声のした方を見ると、今にも大声をあげる直前のレナが居た。

 俺は慌ててその口を手で塞ぐ。


「むーっ! むぐーっ!?」


「お、落ち着け! 頼むから静かにしてくれ!」


「……むー?」


「騒がないか? 約束してくれ」


 レナは何度も首を縦に振った。


「……よし、ほんとに騒いだりしないでくれよ?」


 俺がその口から手を離すと、レナすぐに抱き着いてきた。


「お、おい……」


「ミナト……! ミナト良かった……やっぱり生きてた……! 絶対生きてるって信じてたよ!」


 あちゃー、やっぱり俺死んだ事になってるかもしれないなこれは……。


「心配かけて悪かったな。でも約束通りちゃんと帰ってきただろ? 俺は約束を守る男だからな」


「約束を……守る、男……だったら……決めた。私今すぐ約束守ってもらう」


 約束……って。


 突然レナが服を脱ごうとし始めるので慌てて止めた。


「ちょーっ! おま、何やってんの!?」


「だから約束だよ。あの時の続きをするって約束だったでしょ? 約束守る男なんだよね?」


「待て、だからって今じゃなくていいだろ!?」


「どうせこの後皆がわらわら集まってきてミナトの取り合いになるんだから私が今動かないと約束いつ守ってもらえるか分からないもん!」


 ダメだ目が据わってやがる……!


「レナ、すまん!」


 俺はその場から逃走した。

 あのままでは本当にレナに襲われそうだったのと、いきなり野外は高度すぎる……!


 レナの動きは素早かったが、なんとか振り切る事に成功した。

 灯台下暗しという言葉がある。


 どこに逃げるべきか迷った俺は一か八か家の中に飛び込んだのだ。

 するとおあつらえ向きにそこには誰もいない。


 ふぅ……少し座って落ち着こう。

 レナがあんな事言い出すから脈が速くなっている。

 俺いろんな奴といろんな約束した気がする。

 一方的なのも結構あった気がするけど……。


 ……いろんな意味で顔を合わせるのが怖くなってきた。


「まぁお茶でも飲んで落ち着いて下さいな」


「茶菓子もありますわ」


「あ、あぁ助かるよ」


 目の前にコトリと置かれた品のいい受け皿とティーカップ。

 香りのいいお茶が満身創痍の身体に染みた。


「はぁ、美味い……」


 そう言えばこのカップも受け皿もあまり見覚えが無いな。


「こんなティーセットうちにあったかな……」


「ああ、それなら私が持参したものです」


「こっちの茶菓子はわたくしが用意したものですわよっ! ささ、どうぞどうぞですわっ♪」


「ああ、じゃあ頂くよポコ……ナ……」


 馬鹿か俺は。

 いつからだ? こいつらいつからここに居た?


 ザザっと慌てて距離を取ると、二人はにこにこしながらじりじりと距離を詰めてくる。


「お、おいお前らなんか怖いんだが……」


「ミナト様がやっとお帰りになったので……」

「祝言をあげる前にする事がありますわよね?」


 二人は一瞬顔を合わせ、バチっと見えない火花を散らした後、何故かこつんと拳を合わせ、二人で俺を追い込むように接近してきた。


 どうやら二人は俺が消えたって話は知らないらしい。

 この二人まで俺が死んだと思ってた場合の事を考えると恐ろしくて震えてくる。言わなくて正解だぞ!


 ってそれどころじゃない。

 俺はゆっくりと下がりながらドアの方を目指す。


「あっ、ミナトが逃げますわっ!!」

「待って下さいあなたっ!」


「ちょっと待ちなさい誰があなたなんですのっ!?」

「ミナト様は私の旦那様なのであなたで合ってます!」

「ミナトはわたくしと祝言をあげるんですわよーっ!!」

「相手が姫だろうと引く気はありません!」

「ぐぬぬ……百歩譲ってそれはいいとして、わたくしの方が先ですわーっ!」

「そうはさせません! 出会ったのは私の方が先なんですからね!」


【あなた】発言のあと一瞬の間を挟んで二人が取っ組み合いを始めたのでその隙に家を抜け出す事にした。


 ひぇぇ……どっちにしても大事になってやがる。


「すまんっ! また今度でよろしくっ!!」


 家を飛び出した瞬間だった。


 ドゴッ!!


「ぐえーっ!」


 何者かに真横から物凄い勢いでタックルをくらい、その場に押し倒される。


 この力は……。

「アリアかっ!?」


「むっ!? 今この馬鹿力はアリアに違いない的な事を考えただろう!?」


「そ、そんな訳……ないじゃん?」


「何故目を逸らすんだミナト殿……」


 ふと、俺の頬に生ぬるい液体がぽつりと降ってきた。


「生きてるなら生きてると……連絡くらいどうしてくれなかったのだ……? みんな、どれだけ辛い思いで……」


「……わ、悪かったよ。俺もいろいろあったんだ」


「分かっている。分かってはいるんだ。ミナト殿はきっと辛い戦いを強いられているのだと……分かってはいたんだ。だからこそ、心配で……不安で……」


「その通りだっ!!」


 急に大声で叫ぶその声に驚いて俺とアリアが顔を上げると、俺達のすぐ脇にシャイナが立っていて、なんというか激おこだった。


「遅いッ! あまりに遅すぎるじゃないか……! いったいどれだけの人間を不安にさせたら気が済むんだッ! いつだって無理ばかりして……待つ事しか出来ない方の身も、少しは……少しは考えてよぉ……」


 シャイナが激おこ状態から一転してしゃがみ込んで泣き出してしまったので俺もアリアもおろおろと動揺してしまう。

 俺のせいなのは間違いなさそうなので彼女に謝ろうとしたのだが……。


「見付けたよミナト!」

「あなたっ、逃がしませんよ!」

「すぐに祝言ですわーっ!」


 ひ、ひぇぇ……みんなすまんちゃんと後で謝るから今はちょっと待ってっ!


 慌ててその場から退散し、森の方へ逃げる。

 木々に紛れて皆を振り切り、木を背に大きくため息を吐く。


「ほう……大勢のおなごに好意を向けられて溜息とは随分といい身分じゃのう……?」


 めちゃっくちゃ怖い声がした。

 多分俺が一番恐れていた声が。


「こぉぉんのばかもんがぁぁぁぁぁっ!!」


 耳を劈く絶叫。

 あ、俺死んだわー。って一瞬思っちゃうくらいに頭に響いた。


 でも、実際は言葉とは裏腹にラムがそのまま俺の胸に飛び込んできた。


「……」


「あ、あの……ラムちゃん?」


「うるさい」


 ラムはそのまま動こうとしない。


「あー、その……なんていうか、ごめん」


「うるさいのじゃ」


 なんだこれ……。

 俺はラムに抱き着かれたまま十分はそこで突っ立っていただろう。


「……ふぅ、お主に言いたい事は山ほどあるし、ただでは済まさんと思うておったが……やはりダメじゃな。顔を見たらこうせずにはおれんかった……儂は、儂はやっぱりミナトの事が……」


 ラムが俺に抱き着いたまま潤んだ瞳で俺を見上げてくる。

 それは卑怯ですよお嬢さん……!

 破壊力がデカ過ぎる。


 思わずその背中をぎゅっと抱きしめてしまおうと手を出しかけたその時、空から声がした。


「みぃなぁとぉくぅぅぅん? 幼女はいけないと思うのぉぉぉ」


 嫌な予感がしてラムの手を取り横へ飛ぶ。


 ズドン!


 今まで俺が立っていた場所にダンテヴィエルが突き刺さっていた。


「なっ、ティアお主儂まで殺す気かっ!」


「私ティアじゃないしぃぃ? ミナト君が明らかに社会的に問題のある性癖を発露しようとしてるのを止めてあげただけだし」


「ティアじゃなければキララじゃたわけ! 儂が幼女じゃと!? エルフの集落ではもう十分嫁げる年齢じゃーっ!」


「ぶっぶーっ! キララでもありませーん! 今の私はティララですーっ! ミナト君、こんなつるぺた幼女は放っておいてあっちで私と一緒に良い事しよ? たっくさんサービスしちゃうんだゾ? ね? ねっ?」


 頭上からスタッとティララが俺の前に着地し、腕に絡みつき、その胸をぎゅうぎゅうと押し付けてくる。


 や、やわら……っ、……て、それ自体はとんでもなく魅力的なお誘いなんだけれど、なんだけれどこいつちょっとキララっぽくなっててなんか怖いんだよぉぉ……!


「わ、儂だってもう数年すればないすばでーに……!」


「じゃあ数年後に出直してくださーいっ! 私は今からミナト君と楽しむんだゾ♪ 私達はあっちでえっちな事してくるからお子様は帰ってくださーい。それとも見学でもするぅ?」


「ムキーッ! ミナトは、ミナトはきっと儂っくらいの小さい子の方が好きに決まってるのじゃっ! のうミナト!?」


 えっ、ちょっと待って。そこで俺に振るの!? なんと答えろと? どう答えても問題しかないんだけど!?


「……ミナト君、これはさすがにいろいろ問題があると思うのよ。いくらここがファンタジーな世界で最低限の倫理感ってあるじゃない?」


 ティララのやつ急に現代的な事言い出しやがって……!


「どうなんじゃミナトっ!」

「ミナト君っ!」


「う、うぅ……」


 この二人の圧力が半端ない……これは、逃げられない……っ!


「まぱまぱ伏せてーっ!」


 なんと頼もしい声だろう。

 突然耳に入ってきたその安心感の塊を信じ、その場に伏せる。


「ぐわわーっ! 何するんじゃーっ!」

「ぐっ、イリス……私達の邪魔するなんて言い度胸なんだゾーっ!」


 イリスが物凄い勢いで駆け抜け、二人に両腕それぞれでラリアットでもかます勢いでひっつかみ、そのまま二人とも遠くへ投げ飛ばした。


「でかしたぞイリス! 助かったーっ!」


「まぱまぱ……」


 あっ、イリスさんの目が嫌な感じの色に光ってらっしゃる……。


「まぱまぱ、何か言う事は……?」


「ご、ごめん」


「……違うよまぱまぱ。もっと違う言葉だよ」


 ……えっ、な、何を求められてるんだ?


「それにね、その言葉を一番待ってた人が居るんだよ? 私はいいから……ちゃんと言ってあげて」


 イリスが初めて俺に対して呆れたような表情を見せて、一歩右へズレた。


 そしてその背後にある木の影から……。


「……よ、よう」


 俺は彼女に軽く手をあげて挨拶。

 隣りのイリスがジト目でこっちを見てくるのが辛い。


「よがっ、よがっだぁぁ……わだじ、わだじごしゅじんがどっかいっちゃったのかと思って……もう会えないような気がしちゃって……だから、だからそれでぇ……」


 顔を出したネコは俺にゆっくりと向かって歩きながらぼろぼろと涙を流した。


「お前……ひっでぇ顔だぞ? ……いっでぇっ!!」


 涙でぐちゃぐちゃになってるネコにそれを指摘したらイリスが割とマジなグーパンを脇腹に入れてきたので悶絶した。


「まぱまぱ……?」


「じょ、冗談! 冗談だって……」


 いってぇ……マジでいてぇ。

 次ふざけたら殺されかねんぞ。


 ネコはネコでさっきよりも泣き方が酷くなっちまってるし、これだけ心配させちまった負い目もあるからここは真摯に受け止めてちゃんと俺の気持ちを正直に言おう。

 今がきっとその時だ。


 チラっとイリスを見ると、にっこり笑ってぴょーんとどこかへ飛んでいった。


 我が娘ながら空気が読めるいい子に育ったなぁ。


 俺は泣きじゃくるネコに近付き、その頭を撫でる。


「ごしゅじん……」


「待たせて悪かったな」


 俺は、イリスが言っていた言葉がやっと分かった気がした。


「……ただいま」


 その言葉と同時にネコが俺に飛びついてきて、俺はそれを受け止めようとしたが落ち葉に足を滑らせそのまま仰向けに転倒してしまう。


 本日押し倒されるのは二度目だ。


「おかえりなさい……おかえり、なさい」


「なぁ、ネコ……いや、ユイシス」


 俺が珍しくユイシスなんて読んだからか、ネコは目を丸くして一瞬涙が止まった。


「な、なんです……?」


「お前さ、名前にアオイをつける気あるか?」


「……?」


 ネコはどういう意味か分からないようでしばらく首を捻っていたが、しばらくしてやっと意味を理解したらしく顔を真っ赤にして再びぼろぼろ泣き出してしまった。


「泣くな泣くな」


「だって、だってごしゅじんがぁ……ごしゅじんが悪いんですよぅ……急に、急にそんな……」


「よしよし、まったく手のかかる嫁だよお前は」


『あとは食費もかかるわよ♪』


 うぇ。それを忘れてたわ。

 こいつが本気で食ったら俺の街は財政難に苦しむ事になるかもしれん。


 それにしても、本当に良かったのかよママドラ。


『いいに決まってるじゃないの。私が決めた事だもの。それに、ここならリーヴァとも君とも一緒に居られるしね♪』


 イルヴァリースの願いとは、もう一度俺と同化する事だった。


 カオスリーヴァが復活できる状態になったらその時はその時でまた考えるが、それまでは一緒に居ようと提案されたのだ。


 俺も女の身体に妙に馴染んでしまった事もあり、それを了承する事にした。


 勿論今の俺ならいつだってママドラを切り離す事が出来るし、今までのような不便は無い。


 だからいざという時に一時的にママドラを追い出して席を外してもらう事も出来るというわけだな!


『君がやっとその気になったのに近くで見れないのは残念ねぇ』


 そんなの見られてたら落ち着かないんですけど!?


『はいはいしょうがないわねぇ。私が身体から出ればその時は男に戻るわけだし都合がいいじゃない。頑張りなさいな♪』


 ……お、おう。


『あらあら、でも女の身体でネコちゃんと戯れるのが忘れられなかったらいつでも……』


 やかましいわっ!!


「ごしゅじん……? どうしたんです?」


「な、なんでもねぇよ。それより……」


 俺はネコをお姫様だっこして立ち上がり、周りを見渡した。


「お前らさぁ、隠れるつもりあるならもっと上手くやってくんねぇかなぁ……気が散ってしょうがないんだわ」


 そこにはレイラ、ポコナ、レナ、アリア、シャイナ、ラム、そして不機嫌そうなティララ、満面の笑みのイリス。


 皆が一斉に「おめでとう!」と手を叩く。


 その音はしばらく静かな森の中に響き続けた。


 その音が鳴り止む頃、ネコの幸せそうな顔でも見ようかと視線を腕の中へ向けると……。


「ぐがっ、んがごっ、もうたべ、たべられにゃ……」


「……はは、アホ面しやがって……お前らしくていいけどな」


 だってそのアホ面は、きっと夢の中でたらふく飯を食ってると見えて……。


 とても幸せそうだったから。



 ユイシスの事は任された。

 きっと君もユイシスの中で眠っているんだろう?

 いくらリュカっちでも関係の無い身体に別の人間の魂を送り込むなんて芸当は難しいだろう。


 ……つまり、リュカっちが彼女に力を与えて俺のサポートをさせる為にネコの中で目覚めさせた。そんなところだろう。


 久しぶりだったってのに俺は気付いてやる事も出来なかった。

 彼女には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、俺はこれから君もひっくるめてネコを、ユイシスを守る。

 だからこれからも俺達の事を見守っていてくれよ。


 なぁ、結衣ちゃん。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る