第441話:まっすぐな女。


「魔王よ……確か名をキララと言ったか。皆を解放してもらうぞ」


「……」


 シルヴァの言葉にキララは何も語らない。

 それどころか玉座で足を組み、頬杖をついた状態のまま一切動こうとすらしなかった。


 ただ一つ変化があったのは、その表情。


 目を細め、まるで口裂け女のごとく口角を吊り上げニタリと笑っていた。

 とても人間の表情とは思えないほどの狂気を感じる。


「よもやそこから動かずに僕達を相手にしようとでも?」


 キララはゆっくりと、頬杖をついているのとは逆の腕でリリィを指さした。


「……? 何を……?」


「えっ、し、ルヴァ……さま」


 リリィは自分の身に何が起きたのかまったく理解が出来ていなかった。


 ただ自分の腹部から生えた黒く大きな刃を見つめ、血を吐き、その場に崩れ落ちた。


「リリィ!!」


「ふふふふ、ふははははは! 甘い甘い甘い甘い! 智竜シヴァルドともあろう者が甘すぎる! 人間に紛れて生きる事で勘が鈍ったのではありませんか!?」


 リリィの血に染まる大きな鎌のような形に変形させた自らの腕をギャルンは大きく振り、血を床に散らした。


「ギャルン貴様……!」


 シルヴァが怒りとも焦りとも分らない表情でリリィの作った結界の方を見る。


「ふはは! 私がここから抜け出したと思ったのですか?」


 そこには、先ほどのギャルンがまだ閉じ込められていた。

 リリィが倒れた事で結界が崩壊し、ギャルンが自由になる。


「これは、どういう事だ……?」


 シルヴァも何がなんだか分からないようで、じりじりと後退りしつつ身構える。


 きっとギャルンが複数の身体を使用しているのは見抜いていて、それを精神体である本体が渡り歩いている……そう判断していた筈だ。


 俺もその可能性が高いと思っていたし、それ以外があるとは思えなかった。


 しかし、目の前にはギャルンが二体。それぞれの自由意思で独立した意識を持っているように見える。


「シヴァルド……貴方の敗因は私という存在をゴリーブ扱いした事と」

「ゴリーブ呼ばわりしていた癖にこういう展開を想定していなかった事ですよ」


 二人のギャルンが口々にシルヴァを追い詰めていく。


 しかし離れた位置から見ている俺には分かる。

 シルヴァはこの状況でも諦めてはいないし、ゆっくりとギャルン達をリリィから遠ざけようとしている。


『それだけじゃないわよ。あいつギャルンに気付かれないように微量だけど遠隔回復魔法をリリィにかけてるわ』


 遠隔回復魔法……?

 魔法が発動している事を気付かれないようにこっそりリリィを回復させているのか?


 相変わらず器用な奴だ……。俺には到底真似できない芸当である。


 そして、ギャルン達がゆっくりとシルヴァを壁際まで追い詰めていくが、その余裕が命取りだ。


 リリィの指がピクリと反応した。

 無事だ。もうすぐリリィも復活する。そして、背後から不意打ちでギャルン達を始末出来れば……。


「さぁシヴァルド、そろそろ私達も茶番に付き合うのは御免ですよ。そこの女を回復しながら私達の攻撃を避け続ける事ができますか?」


「くっ、気付いていたか……」


「当然です。見事に魔力反応を隠蔽していますがね、私の眼は誤魔化せませんよ。しかし彼女は致命傷……回復を止めればじきに死ぬでしょう。私達の攻撃を防ぐのか、彼女を回復させるのか選びなさい!」


 ギャルンはシルヴァのやっている事に気付いた上でシルヴァの反応見て愉しんでいたのだ。


 趣味の悪い奴め……!


「さぁ、決断の時です!!」


 ギャルンはシルヴァを両側から挟み込むようにして魔法を展開する。

 それは速さよりも威力を重視した強力なもので、かわす気になれば余裕でかわす事が出来る代物だった。


 しかし、シルヴァは避けるのを諦め、目に見えて回復魔法に力を回した。偽装する必要がないのなら効果量が多い方がいい。

 彼は自分よりもリリィの命を優先した。


 それが勝ちへの最期の希望としてなのか、リリィだけでも救いたいというシルヴァの希望だったのかは分からないが、二人のギャルンから放たれた魔法はシルヴァを檻のような物に閉じ込め、その中で激しく炸裂する。


「……シヴァルドともあろう者が、愚かな。惨めな物ですね」


 ギャルンはその能面のような顔を、心なしか歪めたような気がした。


「……う、うぅ……」


 シルヴァの回復魔法のおかげでリリィは目を覚まし、ゆっくりと立ち上がる。

 自分の腹部を触り、傷が塞がっているのを確認してやっと状況を察したらしい。


「し、シルヴァ様! お前達……シルヴァ様を解放しなさい!!」


 初めて、リリィから明確な殺意が放たれた。

 今までのどこかふざけたような態度は消えている。


「ふむ……自らを犠牲にしてやるべき事を成したか。シヴァルド……お前は愚かになったがやはり大したものです」


「聞いてるんですか!? シルヴァ様を……」

「いいでしょう」


 ギャルンはリリィの言葉に頷いた。


「……え?」


「ですから、いいでしょうと言ったのです。ただし条件があります」


 まずい。これはまずいぞ。

 シルヴァを助ける為とはいえ、ギャルンがこの状況で出してくる条件などろくなものじゃない。

 それをのんだとしてシルヴァが助かる保証も無い。


 交換条件なんて物はなんの保証もないのだから。


 しかし、きっとあの女は……リリィは応じてしまうだろう。

 それが事態をより悪化させると分かっていたとしても、シルヴァを助けられる可能性が少しでもあるのなら、きっと。


 リリィという女はひねくれているしアホだしどうしようもない類の行き遅れ女だ。


 だけど、ただひたすらにシルヴァに対してはまっすぐな女だった。


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