第433話:消さねばならぬ迷い。


「うぅ……」


「なんだ? 随分と眠そうだな……だからあれほど体力の無駄遣いはするなと……」


「何を勘違いしてるのか知らんが俺はただ寝不足なだけだ」


 翌朝起きると既に布団の中にイリスは居なかった。

 先に起きて部屋から出て行ったらしい。

 居間へ降りていくと、既に皆はラムの指示で各地に散っているらしく、拠点には六竜しか残っていなかった。


「ギャハハ! 主役がやっと起きてきたと思ったらもう疲れてんじゃねぇかよ大丈夫かァおい」


 シルヴァと話していたら突然ゲオルが俺の背中をビシバシ叩いてくるもんだからそのまま前のめりに倒れそうになった。


「ご、ごしゅじん大丈夫ですぅ? 昨日そんなにハッスルしちゃったんですかぁ?」


「だから違うって……」


 ネコの頭に軽くチョップを入れて、皆を見渡す。


 メンバーは俺、シルヴァ、ネコ、ゲオル、そしてリリィだ。


「破廉恥ですーっ! わらわに近寄らないで下さい妊娠しちゃう!」


 とりあえずリリィの脳天にはちょっと強めのチョップを入れて、本題に入る。


「多少寝不足ではあるけど俺は大丈夫だ、問題無い。出発はいつ頃だ?」


「皆はもう準備万端だ。万が一の場合に備えて各主要都市にも人員を配置している。すぐにでも出られるよ」


 シルヴァは淡々と語る。珍しく緊張しているのかもしれない。


 というかネコとゲオルとリリィには緊張感が足りない。圧倒的に足りなすぎる。


 こいつら本当にこれから最終決戦だって事分かってんのか?

 あっちも本気で俺達を殺しにくる。

 ここにいる全員で帰ってこれる保証なんて無いっていうのに……。


『ネガティブになっていても仕方ないわ。全員で無事帰るつもりで行くのよ』


「なんだァ? しけた面しやがって今から不安そうにして何になるってんだ。俺達は負けねェ! 全員無事に帰ってくるつもりでやりゃいいんだよ!」


 ……良かったな。ゲオルと意見が合ったぞ。

『最悪……と言いたい所だけど、たまにはゲオルもいい事言うじゃない』


 ママドラがゲオルの発言に賛同するなんて……雪でも降るんじゃねぇのか?


『失礼ねぇ……たまにはそういう事もあるわよ』


「ミナトさえ良ければすぐにでも出発するぞ。ゲートの起動は突入ギリギリまで待とう」


「おいおい、それじゃあ何処目指して飛べばいいのか分からねぇぞ?」


「大丈夫だ。ゲオルが方向音痴な事くらい理解している。座標は頭に入っているからな、僕があんないしよう」


 そんな会話を横目に、なぜかリリィが急にそわそわし始めた。


「どうかしたか? トイレなら今のうちにいっとけよ」


「ちっ、違いますーっ! 本当にデリカシー皆無な人ですねー!? わらわはただ、なんだか一人だけ場違いな気がしてその……」


 驚いた。こいつでも気後れなんてするもんなんだな。


「な、なんですかその意外そうな顔は……」


「だって意外なんだよ。何も考えずに能天気に生きてるもんだとばかり」


「それはさすがに酷すぎません……?」


 あ、やばい。リアルに凹みだしたぞ。


「やはり君は残った方がいいのではないか? 無理はしなくても……」

「だ、だだダメです! わらわちゃんと頑張りますから置いて行かないで下さいーっ!」


 リリィは慌ててシルヴァの腕にしがみ付き、泣きべそかきながら一緒に行くと懇願。


「わらわちゃんと役に立って見せますからーっ!」


「……ふむ、確かに君の中からマリウスの核を取り出せる保証もないしな……来てくれるのならば助かるが、危険だという事は承知してほしい」


「も、勿論です……! 一緒に行ってもしわらわの身に何かあったとしても絶対に恨みませんし後悔もしません! だから連れて行ってください」


 リリィが大真面目な顔で頭を下げているのをると、その覚悟が伺える。

 身に何かあったとしても、か……。


 弱気になってる場合じゃねぇよな。

 全員無事に帰還するのは大前提、そして最終決戦と言うからには今回でギャルンとキララ、二人との因縁にケリをつける。


 キララの中のティアをどうにか助け出す算段については結局何も思いつかなかったし、間に合わなかった。


 出来ればこの日までに何かしら光明の一つも見出しておきたかったが、可能性があるとしたら規格外な力を持っているリリィだけだ。


 しかしほんのこの前まで戦う事すらした事がなかった奴にそこまで無茶を言う訳にはいかない。


 ティアを助けるのを諦めたわけでは無いが、現状優先されるのはキララを確実に始末する事だ。


 俺の恨みや我儘と世界を天秤にかける訳にはいかない。

 その後いくら後悔する事になったとしても。


 ……なんて言ったってそう簡単に割り切れる問題じゃない。

 気をつけなきゃいけないのは俺に迷いが生じて、そのせいで他の誰かが犠牲になるなんて事が起きない事。


 それだけはダメだ。

 迷いは俺だけじゃなく仲間の死にも繋がってしまう。


『残念だけど、具体的に方法が見つからない以上君は何も考えずに魔王を倒す事だけに集中すべきよ』


 分かってるよ。

 言われなくたって……分かってる。



『それに君に万が一の事があったらここには悲しむ女の子が沢山いるんだからね? 帰ってきた後は忙しくなるわよ?』


 帰ってきた後、か……俺そのうち誰かに刺されて死ぬんじゃねぇかなぁ。

 ティアも確かそんなんだったって聞いたし、今から怖いわ。


『帰ってきたらハーレムが待ってるって考えたらやる気出るんじゃない?』


 ……そりゃあ……めっちゃやる気でるな。


『そうそう、君はそうでなくっちゃね』


 迷いは敵だ。

 迷えば何かを失う。

 迷うな。


 分かってる……つもりなんだがなぁ。



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