第404話:無理難題。


「レイラ! 無事だったか!!」

「お姉ちゃん!」


 レイラが扉を開けるとノインとレインが慌てて出てきたかと思うとレイラに抱きつき、家族の無事を喜んだ。


 それだけ見ればいい光景なのだが、現状そう余裕は無い。


 何せ街は魔物だらけだし、ここの屋敷の周りに撒かれているという魔物避けもいつまでも効果があるわけじゃない。


 そして、ドアが開いた時に、中に避難していた街の人達が俺の姿を見て一斉に飛び出してきて囲まれてしまった。


 こんな状況だっていうのにサインをねだる奴までいる始末。


 とりあえずノインに頼んでなんとか屋敷の中に押し戻し、俺達だけになった所で詳しい話を聞く事に。


「この街にいったい何があったんだ?」


「分からない……突然街の人々が魔物に変貌して暴れ出したのだ。私も出来るだけ無事な人達を集め匿っていた所だよ。しかし丁度レイラが外出中だったのでね。心配だがどうする事も出来ず困り果てていたという訳だ」


「ミナト様が来て下さらなかったら私はきっと今頃……」


 レイラは先ほどの恐怖を思い出したのか、震えながらレインを抱きしめる。


「お姉ちゃん苦しい……」

「ご、ごめんなさい」


「無事だった人間と魔物に変わった人間の違いはなんだ……? 何か心当たりはないか?」


「すまない。私にはさっぱりだよ」


 そりゃそうだろうな。

 いきなり隣人が魔物に変わって襲い掛かってくるような体験をしたばかりなのだ。

 そんな事にまで気が回る筈が無い。


 でも、何かある筈なんだ。魔物になった人と無事だった人の間に何か決定的な違いが。


「うわぁぁぁぁっ!!」


 その時、屋敷の中から悲鳴が響き渡った。


「どうした? 何事だ!?」


 ノインが屋敷のドアを開けると、そこには苦しみながら体を変質させていく男がいた。


「な、なんという事だ……!」


「ちっ、仕方ねぇ……許せよ!」


 俺は屋敷に入り、今にも魔物に変わってしまいそうな男の襟首を掴んで屋敷の外まで連れていった。


「ぐうっ……うあぁぁ……っ、み、ミナト様……すい、ません」


 自分がこんな状況だってのに俺に謝るとか……こいつらの中で俺はそんなにも崇められてんのか?


「気にするな。それより喋れるうちにそうなった原因を教えろ。心当たりはあるか?」


「うぐっ、ご、ごれ……あがぁぁぁっ!」


 男は俺に何かを見せようとポケットに手を突っ込んだが、そのまま完全に魔物と化してしまい言葉が通じなくなった。


 それどころか目を赤く光らせて鋭い爪で俺に襲い掛かってきたので、出来る限り手加減して足を払い転倒させ、男のポケットに手を突っ込む。


 膨れ上がった足のせいでズボンがパンパンになっていて中に有る物を取り出すのが大変だった。


 何が悲しくて男の身体をまさぐらなきゃならんのだ。


『今そんな事言ってる場合じゃないでしょ?』


 分かってるよ。分かってるから我慢してるんだろうが。


「……ん、これか?」


 ポケットから何か小さな薄型の箱を取り出す事に成功した。


「ウゴァァァァッ!!」


 もう正気を失ってしまった彼を、やむを得ずその場に残し屋敷の敷地内へ戻る。


 男は魔物に変化してしまったせいで屋敷には近付けず、しばらくうろうろした後、その場を離れていった。


「あ、あの人魔物になっちゃったんですー?」


 リリィは「やだやだ……」と呟きながら震えていた。

 人間が何か違う物に変わってしまうというのがラヴィアンでの影人間を思い出させたのかもしれない。


 リリィも心配ではあるが、慰めるより先にする事がある。


 俺は屋敷の中に入り、そこに避難していた約十余名に問いかけた。


「こいつがなんなのか知ってる奴いるか?」


 先程の薄型の小さな箱を人々に見せると、それがなんなのかはすぐに分かった。


 最近シャンティアで流行り出したお菓子らしい。


 小箱はスライド式になっており、俺の知っている物で例えると小さな清涼タブレットが入ってるケースのような感じだった。


 その箱の中は既に空っぽだったが、どうやら小さな丸薬のような物が入っていたらしい。


 一齧りすると一瞬でパラパラと砕け、スッと口の中に溶けて消えると評判だった。


 本当にタブレットか何かのような物だったんだろうか?


 あの男の近くに居た女性が言うには、彼が魔物になってしまう直前に確かにそれを食べているのを見た、との事。


 おそらくこのタブレットが関係しているのは間違い無いだろう。

 集中して観察すると確かにケースからほのかに魔力を感じる。


 どこで売っていた物かと聞くと、街にある菓子を扱う店には大抵並んでいた、と言う。


 つまりどこかで製造されてこの街に流通して来た物と考えるのが妥当か。


 しかしよく分からないのが、屋敷に避難している人の中にもこれを食べた事がある人が数人居た。

 しかしそいつらの身体には変化が見られない。


 もしかしてある一定量以上を摂取すると身体が変質してしまうのか?


『ミナト、ミナト聞こえるか!?』


 シルヴァか! 聞こえてるぞ!


『すぐにダリル王国中のまだ無事な人々を集めて全員連れてくるのだ!』


 ……はぁ?

 言いたい事は分かるしそう言いたくなるのも分かるけどよ、ダリル王国に住む無事な連中を全員拠点に連れ帰れって?


 いったいどれだけ居ると思ってるんだ?

 下手したら数百人超えるだろ?


 はは、何かの言い間違いか?


『言い間違いではない! 方法は自分で考えてなんとかしてくれ。こちらもあまり余裕がないのだ。では頼んだぞ!』


 おい待て、待てってば!


 無理難題を押し付けて通信は切れた。


 おいおい嘘だろ……?

 どうしろって言うんだよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る