第388話:朝チュンとお赤飯。


 ……小鳥のさえずりが聞こえる。

 カーテンを揺らすそよ風。

 そしてその隙間からかすかに漏れてくる陽の光。


 とても暖かかった。


 こんなに気持ちよく目覚めたのはいつぶりだろうか。


 俺はどうやら昨日風呂でぶっ倒れて、そのまま意識を失っていたらしい。


 レイラの奴があそこまでやるとは思わなかった……。

 俺の認識不足だ。女は怖い。

 分かってたはずなのに、こいつは大丈夫だろうという油断というか甘い考えがレイラをおかしくさせてしまった。


 それもこれもこいつの気持ちを知っていながら俺が長い事放置してしまった事が原因なのだから自業自得というやつである。


 ……しかし、とてもいい思いはしたなぁ。


『そこで最終的に良かったって思えるのがミナト君よね』

 やっと出てきたな!? 俺が一人でどれだけ心細かったか……!


『いやいや、全般的にご褒美だったでしょ? 私が邪魔する訳にはいかないわよ』


 ご褒美……確かに、ご褒美といえばご褒美だったけど……!


『それに、それってまだ継続中よ?』


 えっ?


「うぅ……ん、ミナト様ぁ……」


 陽の光とは違う温かさを半身に感じる。

 俺の左側が異様に暖かい。


 分かってる。分かってるさこれは……人肌のぬくもりだ。


 それはいい。

 レイラが俺を介抱してついでに添い寝してたって問題無いしまだ分る。


 だがそのレイラが全裸なのはさすがに俺にも理解できない。


 というか俺も全裸じゃねーか!


 えっ、何これっ!?

 俺意識無いうちに何があったの!?

 もしかしてやる事やっちゃった?

 大人の階段登り切っちゃったやつ!?

 だとしたら記憶無いとか残酷過ぎませんか!?

 せめて初体験をしたのなら大事な記憶としてとっておきたいんですけど!?


「う、ん……あっ、良かったぁ……ミナト様目が覚めたんですね。急に倒れるから心配しちゃいましたよ……」


 うっすら目を開けたレイラがにっこりと笑って、もぞもぞと布団の中で俺に抱き着いてくる。


「お、おいレイラ……俺が気を失ってる間に何があった……?」


「何って……うふっ、聞きたいですか……?」


 彼女は俺の胸に顔を埋めながら怪しく笑う。


 ……これ、は……やってしまったか?

 あんまりだ。

 先延ばし先延ばしにしようとしていた報いがこれか?

 もう終わったけどお前に記憶はありません残念でした! みたいなオチ?

 酷すぎる。泣くぞ……!?


「なぁんて、冗談ですよ♪ 私は……ただミナト様を抱き枕にしていただけです」


 だきまくら……?

 あ、あぁなるほど。そういう事ね?


「じゃ、じゃあその、一線超えちゃうような事はさすがに無かったんだよね?」


「残念ながら……でも、そういう事をお望みなら今からでも♪」


「ま、まままま待て待て! さすがにダメだって!」


 とことんヘタレである。

 我が性格が恨めしい。

 ここで引く馬鹿がいるか? いや居ない。

 そう分かっているのにも関わらず、ビビッてこうなってしまうのだ。


「分かってます。だって……もう夜は明けてしまいましたから。ミナト様を私だけの物にしておける時間は終わってしまいました」


 そう言ってレイラは、泣きそうな顔で笑った。


 思わず俺はそんなレイラを抱きしめる。


「み、ミナト様!?」


「お、俺に出来るのはこれくらいだ。だから、何も言わないでくれ頼む」


「……はい。……でも、ミナト様の心臓、すっごくバクバク言ってますね」


「言うなーっ!」


 恥ずかしい。心臓破裂しそうなくらい恥ずかしい。


 でも、レイラは気が付くと俺の腕の中で、すやすやと寝息を立てていた。


 えっ、さっきまで寝てたよね? この状況でまた寝ちゃうの……?

 俺動けないじゃん……。


 コンコン。


 その時、あってはならない事が起きた。

 部屋のドアがノックされたのだ。

 レイラが誰も邪魔するなと言っていたのだから誰かが来るわけないと思っていた。


「お姉ちゃん……さすがに遅いからパパが様子見てこいって……ごめんね? 邪魔したくて来たわけじゃないから怒るならパパを怒ってね……?」


 まずいっ!?

 レインにこんな現場を見られる訳には……!


 がちゃり。


 ドアが開くのと同時に、俺はベッドから転がり落ちてベッドの下に潜り込む事でやり過ごそうとした。


 のだが。


「ダメです。どこ行くんですか?」


 レイラが寝ぼけたような表情で俺の首に腕を回してきた。


「お、おい今レインがっ、ちょっ」


「お姉ちゃん……うわぁぁ……」


 レインは俺達が裸で絡みあってるのを目撃してしまった。

 完全に勘違いしている。

 しかしそれを言った所で信じてくれないだろう。

 そして、この年齢の少女にはさすがに刺激が強すぎた。


 レインは顔を両手で覆い、ボロボロと泣き出してその場にへたり込んでしまった。


 終わった……。俺、最低だ……。


「よがっだぁ……よがっだねおねえぢゃん……!」


「……は?」


 俺はレインという少女の事も誤解していたようだ。

 彼女は、レイラが俺と結ばれたと勘違いして、泣いて喜んでいるのである。


 どうなってんだこいつら……。


 レインは目を擦って涙をぬぐいながらスッと立ち上がり、背を向け言い放つ。


「お赤飯、炊いておくからっ!」


「待てぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 俺の叫びはその背中に届かず、虚しく部屋にこだまするのだった。


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