第383話:ちょろ王とあざとメイド。


「ライルさま、はい、あ~ん♪」

「う、うむ……なんだか恥ずかしいな」

「大丈夫ですよぉ、誰も見てませんから♪」


 ……どうしよう。

 いろいろ面倒を省く為に直接ダリル王、ライルの部屋へ空間を繋げ、移動してきたのだが……。


 仕事用の机に向かうライルにメイドが寄り添い、ケーキをあ~んしていた。

 めちゃくちゃイチャイチャしてる。


「ほ~ら~っ、はい、あ~ん♪」

「あ、あ~ん」


「……あの」


「ぶっほ!!」

「きゃあっ!!」


 我慢できずに声をかけると、ライルはケーキを口に含みつつこちらに視線を向け、盛大に噴き出した。

 そしてメイドはライルが噴き出したケーキをもろに顔面に浴びて、驚いて地面に崩れ落ちる。


「み、みみみみミナト殿……っ! ど、どうしてこんな所に、というかいつからっ!?」


「誰も見てませんから~のあたりかな」


「うぐっ……」


 ライルの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「た、頼む……! アリアには、アリアには内密に……!」


「う、うん……」


 さすがに自分の兄で、しかも国王であるライルのこのありさまは教えられない。

 真面目なアリアの事だからライルをボコるか、逆に気を失うかもしれん。


『あら、むしろいい相手が出来て喜ぶかもしれないわよ?』

 でも相手は城で働くメイドだぞ?


 ……あれ? メイドと言えば……。


「いったた……んもう、ライルさまってば酷いですよぉ~」


 顔面生クリームまみれのメイドが、女の子座りでライルを見上げ、自分の顔についたクリームを指で拭ってぺろっと舐めた。


 それを見て更に顔を赤くするライル。


 分かりやすいなぁおい。

『同じようなものを見た事がある気がするんだけれど?』

 気のせいだろ。


「す、すまないテラ……その、私が噴き出した物など舐めてはいけない」


「……? どうしてですかぁ?」


「き、汚いじゃないか」


「ライルさまのですもの、もったいないじゃないですか」


 にっこり笑って再び指をぺろり。


 こいつ……できる。

『あの、ミナト君、気付いてる?』


 分かってるよ。こいつ前の大臣の……。


 テラはこちらに微笑みながら、唇の前に人差し指をあてた。


 黙ってろ、という事らしい。


 この様子だとまだテラは性別を明かしてはいないようだ。

 というよりテラどうした?

 以前会った時は恥ずかしがりやで引っ込み思案な感じだったが……。


 ちょっと見ない間に、身長もそれなりに伸びた気がする。

 というかそんな事よりもこれはどう見たって女だぞ。

 俺の中の価値観が壊れてしまいそうだ。


『……もしかして同姓同名の女の子って可能性は?』

 こんなに可愛い子が女の子の訳ないだろうがふざけるなよ。


『……ごめん、私の聞き間違いかしら? 本気で意味が分からなかったんだけれど』

 ……気にしないでくれ。俺もちょっとよく分からない事を言った気がする。かなり混乱してるみたいだ。


『そ、そう? てっきりミナト君ったら可愛ければ男だろうと気にしない人になっちゃったのかと』

 いや、正直これだけ可愛かったらどうでもよくなってしまう奴の気持ちは分らんでもない。


『……まぁ、君も今女の子だし、ね?』

 それはちょっと話が違うってば。


「さて、と。ライルさまにお客様のようですし私はこの辺で。仕事に戻りますね?」


「あ、ああ……すまない。それと、これで顔を拭くといい」


 ライルはテラにタオルのような物を手渡すが、テラはそれを受け取りつつ、「嫌ですよもったいない」と言って部屋を出ていった。


「ミナト殿……今のもったいないというのはどういう意味だろうか?」


「俺に聞くなよ……」


 多分テラが言った【もったいない】は両方の意味だと思う。

 まずライルが自分に吹きかけたケーキの残骸を拭ってしまうのは勿体ないというちょっとアレな意味。

 そして、ライルから手渡されたタオルを使用してしまう事へのもったいない。

 その両方の意味なのでは……?


『さすがミナト君、アレな子の気持ちはよく分かってるわね♪』

 褒めてるのかそれ……。


 テラの奴完全に開き直って女の子としてライルを落とそうとしてやがる。

 きっと、リーアというメイドのせいだろうなぁ。

 ネコの話じゃテラとライルをくっつけようと応援してる側だったみたいだし。

 そもそもリーアというメイドは自分のメイド服をテラに盗まれるという被害にあってるはずなんだがなぁ。

 しかし面白い事になってしまったものだ。


「ゴホン! ……その、お恥ずかしい所をお見せしてしまったな。ただ、その……出来ればなのだがここは自室で、プライベートな空間なわけだからして……」


「分かった分かった、俺が悪かったよ。今度からちゃんと部屋の外からノックして入る事にするわ」


「頼む、そうしてくれ」


 テラは気まずそうに視線を逸らした。


「しかしテラの奴随分可愛くなったな」


「そうだろう!? しかも暇さえあればすぐああやって私をからかいに来るのだ……たまったものではないよ」


 そう言いながらもライルの口元はだらしなく緩んでいた。

 これはこれは……もう完全に掌で転がされてるぞこいつ。


「ライル、一つだけ言っておくぞ。人は見た目じゃねぇ。もしテラの事を本当に好きなら、中身ときちんと向き合ってやれよな。ガワなんてただの飾りなんだから」


「……む? どういう意味だ? 勿論私はテラの見た目が……その、好みだとかそういうんじゃなくてだな、純粋に私への好意が嬉しいというか、こちらも好意的に感じているというか……な、何を言わせるんだ!」


「ふふ、新たな王妃の誕生を楽しみにしてるよ」


「なっ、ち、ちが……いや、違くは……むぅ……!」


 テラに悪いと思ったのか、馬鹿真面目な所はアリアに似ている。

 こういう場合の勢い任せだとしても自分の気持ちに対して【違う】と言うのに抵抗があったんだろう。

 こりゃ本当にその日は近いな。


「そう言えば……いったい何をしに来たのだ?」


 ……あ、完全に用件忘れてたわ。


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