第384話:壁ドン。


「そうそう、これを渡しに来たんだった」


シルヴァから預かった八卦炉をライルに手渡すと、しばらく横から見たりひっくり返したりしていたが、途中で何かに気付いたように顔を上げる。


「これはまさか……」


「ああ、障壁発生装置ってやつだよ。ちなみに半年くらいは効果が持続するらしい。効果が切れる前に中心のこれを入れ替えればまた半年ほど効果が続く」


説明しながらローズストーンを二つほど手渡す。


「おお、もう完成したのか! 素晴らしい……!」


「初回発動する際には軽く魔力を流してやればいい。設置する場所はどこでも構わないが出来るだけ人の手が入らない場所にしてくれ」


「ふむ、了解した。早速試してみても?」


「構わないぜ。別に起動させてから安置場所を決めたっていいだろうしな」


ライルは軽く頷いて、八卦炉に魔力を流し込む。

すると、八卦炉を中心に六芒星の魔法陣が空中に浮かび上がり、一気に広がった。


「お、おぉ……これは……」


「うん、これでもうこの城と街は障壁結界で包まれたはずだ。ただ強度については強力とは言えないからそれは意識しといてくれ」


「いや、これで強力じゃないとかミナト殿達の尺度はどうかしている」


……? そうなんだろうか?


ライルが言うにはこの障壁も十分すぎるほど強力だという。

シルヴァやラムはせいぜい中級程度の魔物の侵入を阻む程度だ、と言っていたが……。


『普通の人間からしたらそれが十分強力、って事でしょうね』

なるほどなぁ。俺ももう普通の人間の感覚ってのがどっか行っちまったって事かな。


「とにかく、これで街の防衛手段は確保された。感謝するぞミナト殿」


「これに関しては俺はなんもしてねぇよ。うちの連中が頑張った結果だ」


「だとしても、だよ。皆ミナト殿を中心に集まった者達なのだからそれはミナト殿の力も同然だ。これからもよろしく頼む」


なんだか照れ臭いな。

こうやって直接的に感謝されて持ち上げられるのはこう、居心地が悪い。


『根が陰キャだからしょうがないわね』


それは否定できない。

とりあえずさっさと用件を済ませて安心できる我が家へ帰ろう。


そうと決まれば次だ次。


「さて、じゃあ後はくれぐれも安全な場所に置くようにしてくれよ」


「もう行ってしまうのか?」


「ああ、こう見えて俺も忙しいからな。他の街も回らなきゃなんねぇし」


順番的に次はデルドロあたりかな。

そこは特に長居する必要も無いしさっさと済ませてしまおう。


「じゃあ俺はそろそろ行くよ」


「ちょっと待ってくれ。確認の念押しなのだが……その、テラとの事は……」


「大丈夫だって。俺は人の恋路を邪魔する程馬鹿じゃねぇしテラには立派な妃になってもらいたいと思って応援してる方だから」


「そ、そうか……いや、しかし、うーん……」


「いいんだよ。お前はテラの見た目に惑わされたわけじゃないだろ? だったら自信を持ってその気持ちを貫けばいい。何があっても受け入れてやる気持ちだけは強く持っとけよ」


ライルは不思議そうに眉をひそめつつ、「肝に銘じておこう」と呟く。


『随分テラを推すじゃない』

だってこんな面白い展開になってるなら最後までいってほしいじゃん。

こいつがテラの性別を知った時の反応が知りたいがそれは本当にテラが妃になるかどうかで判断するとしよう。


俺はライルに軽く手を振り、デルドロへ移動。


デルドロはオリオンが俺を観光客の集客に利用しやがったせいでのんびり街を歩く事も出来ない状態だった。

なので今回も問答無用でオリオンの屋敷へ直行だ。


大きな屋敷の玄関先に移動し、軽く二度ほどノックして押し入る。


「オリオン、入るぞ俺だーっ!」


「うわっ、ミナトだ! お前本物か!?」


そこには、今まさに屋敷から帰ろうとでもしていた二十代くらいの青年が居た。


「……誰だお前」


「すげぇ! ミナトだ! 本物のミナトだ! オリオンさんミナトと知り合いってマジだったんだな……」


一人で盛り上がってる男にどんどん冷めていく俺。

こういう陽キャというかパリピ的なノリは大嫌いなのだ。


「だからお前誰だよ」


「ああ、自己紹介が遅れてしまった。俺の名前はライアン……」

「てめぇかキララにそそのかされて馬鹿やりやがった阿呆は!」

「あっ、それは、そのっ」


俺は怒りの形相でライアンに詰め寄るが、ライアンは後退りしていく。

自然と俺はそれを追い詰めるように距離を詰め、最終的には壁際へ。


バンッ!

ロビーの角に追い詰め、手で逃げ場を塞ぐ。


「あのサイコ女に簡単に乗せられやがって……おかげで俺がゴキブリ退治しなきゃならなかったんだぞ!?」


「そ、そ、その節は本当にすまなかった……! 今では心を入れ替えてオリオンさんに協力してるんだ……だから許してくれ……っ!」


こいつがオリオンに協力……?

一緒に街の運営をしているという事だろうか。


「思い出した。そう言えばお前俺達の事を国に売ったよな?」


「ひっ、そ、それは……その……ご、ごめ……」


まぁアレ自体は俺をミナト・ブルーフェイズとしてタレコミしたおかげで今の姿はバレずに済んだ訳だが……。


当時はそのおかげで助かったので恨むつもりはなかったが、こうやって本人を目の前にするといろいろ怒りがわいてくる。


……ん?

気が付けば何やらロビー内が騒がしくなってきていた。


「見て、あれってミナト様よね?」

「一緒にいるのはライアンさん?」

「あ、あんなに距離が近く……」

「壁ドンなんて初めて見ましたわ……!」

「あのお二人ってもしかしてそういう?」


どうやらオリオン邸のメイド連中が集まって来たらしい。

というかそんな事より誰がこんな奴と!?


『壁ドンとやらをしてるのが勘違いさせる原因なんじゃないかしらね?』


いや、これは逃げ場を奪う為にだな……。


『だからそれが壁ドンなんじゃないの?』


……言われてみればそうだ。

もうそうにしか見えない!

恥ずかしい……人生初壁ドンがこんな奴相手だなんて……。


『君の場合無自覚に今までにも誰かにやってそうだけどね……』

そんな記憶は無い!


『君の記憶って都合よく消えちゃうからねぇ』

人を政治家みたいに言うな!


「騒がしいと思って来てみれば……いったいお前達は何をやっているのだ……?」


大きく広い階段をゆっくり下りながら、オリオンが俺達を見て額に汗を浮かべていた。


「いつの間にそんな関係になったのだ……?」


「だからちげーっての!」


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