第346話:悪意の塊。


「イヴリンだな貴様……!」


「あっれれー? ごしゅじんはあたいの事知ってたんでっすかー?」


 イヴリンは心底愉快そうに、人を馬鹿にした笑顔で笑った。


「まぱまぱ、大丈夫!?」

「ミナト、すぐに治療をするのじゃ!」

「ネコちゃん……これ何が起きてるの!?」


 俺は三人を手で制し、近寄らないように合図した。

 無駄にイヴリンを刺激したくない。


 そういえばラムとティアはイヴリンの事を知らない。現状を把握出来なくても仕方ないか……。


「いつからだ……いつからネコを狙っていた!?」


「ヤダーこわーい♪」


「ふざけるなっ! テメェがイリスをおかしくして、今度はネコを乗っ取ろうってのか?」


「ぷっぷぷぷっ♪ ごっしゅじーん、お腹からドバドバ血ィ出てっけど大丈夫かぁぁぁ? ヒヒヒヒッ」


 ママドラ、あの黒い煙が出た時にこいつの事気付いてたのか!?

『……もしかしたら、とは思ったわ』

 だったら……!


『だって、ネコちゃんの身体が器って事気付かれてるとは……』

 ちっ……確かに俺だってそんな話忘れてたよ畜生!


 でも、今思えば魔王軍側にイヴリンが居たのなら器であるネコを狙うのは当然だった。


 畜生……!

 自分で回復魔法を使い、腹の傷を最低限修復させる。


「ヒャーッHAHAHAHAおっかしーっ! お前ん中にイルヴァリースが居るんだろ? ギャルンの奴が言ってたZE!」


 ギャルンの野郎……あいつがネコの事も吹き込んだのか? そもそもギャルンにいつ気付かれた?


「おー? なんか勘違いしてっかもしんねぇから教えてやるけどヨォ、あたいはそこのイリスって娘の身体がとにかく居心地悪くてしんどかったしもうダメそうだったから適当にその辺の身体に入っただけなんだゼェェ?」


「……偶然だって言うのかよ。そんな馬鹿な事があってたまるか」


 そんなの、そんなの運が悪いなんてレベルじゃねぇぞ。


「あたいだってビックリしたZeee! 急場しのぎで飛び込んで潜伏しとこうと思ったらまさか器とかあり得ねぇぇぇぇだろぉぉぉ!? ギャルンの野郎知ってたならあたいになんで教えねぇぇぇんだよぉぉぉ!」


 ギャルンはイヴリンに教えていなかった……?

 何故だ。

 イヴリンに器を取り戻させる事が目的ならばあらかじめ教えておいてもいいはずなのに。


 最悪だ。

 ママドラ、イヴリンが器を手に入れたらどうなる?


『正直言って性格は最悪、戦力も最悪よ』

 しかも今回はその身体がネコときてる。

 こっちからしたら最悪の最悪だ。


「でもなぁぁぁんかイマイチしっくりこねぇぇんだよなぁぁぁ……前の時は最高に居心地がよかったんだけどヨォォォ」


 イヴリンは顔を歪めながらどこかがかゆくてしかたないようにあちこちを掻きむしった。

 その皮膚に血が滲む。


「おい、ネコの身体を乱暴に扱うんじゃねぇよ……!」


「ヒヒッ、さすがにイルヴァリースの使徒も自分の嫁が心配ってかァァ?」


 嫁……って、こいつまでネコは俺の嫁って認識なのかよ……。

『それくらい君にとっては重要なのよ。認めなさい』

 ……分かってるさ。


 イリスを取り返してネコを失ったなんて笑い話にもなりゃしねぇ。


「さっさとその身体から出て行け」


「ヒヒっ、出てくと思うかぁ? バーッカ! 居心地はあまり良くねェがせっかく見つけた器だZE? 手放す訳ねーだろバーカ」


 イヴリンはこの身体は自分の物だと、自らの胸を持ち上げて下品な笑いをあげた。


 ダメだ。こいつと話しても何かが進むとは思えない。

 だからと言ってこの状況を打開できる方法が何も見つからない。


「無駄話はこれくらいでいいかァ?」


 ドゴッ!


 イヴリンの周囲からドス黒いオーラが吹き上がる。


 避けられないか……。今度はイリスじゃなくてネコと戦わなきゃならねぇのかよ。


「あたいもひっさしぶりに暴れたいからよォ……試運転に付き合えや旦那サマ♪」


「誰が旦那だクソ野郎め……!」


「あららあたいフラれちゃったーっ。ムカつくなァ八つ当たりしたいなァ! イヒヒッ」


「その顔で下品な笑い方すんじゃねぇよ……」


 本当に腹が立つ。

 イリスはきっとこいつをずっと抑え込んでいたんだ。

 こいつが出てこないように、乗っ取られないように。

 勿論自分が器では無かった為にイヴリンの力も弱かったというのはあるだろう。

 それでも、イリスはイヴリンの悪意、憎悪に精神を狂わされながらも出来る限り俺に危害を加えないようにしてくれていた。


 さきほどの戦いだってそうだ。

 イリスが本当に本気で殺しに来ていたら俺が全力で迎え撃っても歯が立たなかっただろう。


 しかし、今回はイヴリンとその器。

 その二つが一つになってしまった。


「……みんなは手を出さないでくれ。こいつは……俺がなんとかしなきゃいけない相手だ」


「へぇ~? 旦那様が一人で相手してくれるって言うんだったらしっかりサービスしてやんねぇとなァ!?」


「だからテメェの旦那になんかなった覚えはねぇって言ってるだろ!」


 先手必勝。

 とにかくイリスの時と同じにやるしかない。

 意識を失うほどに追い詰めれば打開策も見えてくる……そう信じるしかなかった。


 迷いは捨てろ。

 最初から思いっきりやれ!


 竜化させた腕にありったけの力を込めて、イヴリンの下品な笑みへと……!


「ご、ごしゅじん……た、たすけ……て……」

「ッ!?」


 ネコが俺に助けを……!?


「なぁぁぁぁぁんてなぁぁぁぁぁっ♪」


 イブリンから吹き上がる黒いオーラが俺のみぞおちに突き刺さる。


「ぐぼぇっ!!」


 油断した。迷わないと決めたのに。

 イヴリンに、悪意に、騙された。

 悔しさと、イヴリンに対する憎悪が胸の奥から沸き上がる。


「許さねぇ……絶対に、お前は、許さねぇぞ……」


「ひひっ♪ あたい好みのドス黒い感情……いいねぇいいねぇサイッコーだねェ! いい顔になったじゃねェかよ……だ ん な さ ま ♪」


 俺の中で何かが弾ける音が聞こえた気がした。




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