第345話:死んでくださぁぁぁい。


 俺は意識の無いイリスの傍らに立ち、ディーヴァを構える。


 そして……。


「おぉぉぉぉっ!!」


 力一杯、ディーヴァで切りつけた。


 バギン!!

 という重い音と共にイリスの角が折れる。


 一撃だけでは四本あるうちの一本を折るので精一杯だった。


『……他の角もお願い』

 分かったよ。


 ママドラの話では、ドラゴンの角というのは力の源らしい。

 イリスの場合四本の角が生えているのであと三本処理すれば、イリスは完全に無力になる。


 と言ってもドラゴンとしての身体能力が失われるわけじゃない。

 ドラゴンとしての特別大きな魔力などを振るう事が出来なくなるだけだ。

 それに、場合にもよるが時間が経てば再生していく物らしい。


 イリスから力を奪うのは申し訳ないが、今はそんな事を言っている場合じゃない。


「う……うぅ……」


『イリスが目を覚ます前に早く』

 分かってるって!


 もう一度ディーヴァを振り下ろし、小振りな角を叩き切る。


 その瞬間。

 角の切り口から物凄い勢いで黒い煙が噴き出した。


「うおっ!? なんだこれはっ!!」


『これは……まさか……』


 早く残りの角も壊してしまわないと……!

『待ってミナト君!』


 ママドラが俺を必死に止めた。


 どうした? 早くしないとまずいんじゃなかったのか?


『そうだけど……でも多分イリスは……もう大丈夫だと思うわ』


 イリスの力が大幅に半減したせいでロゼノリアへの被害を防いでいた障壁、ネコを包んでいた障壁、共に効果を無くし解除されたようだった。


「ミナト! 無事じゃったか!」

「心配したんだゾ? イリスちゃんは……?」


 俺はイリスを抱き起こし、その頬を軽く二~三度叩いた。


「う、うぅん……まぱまぱ……?」


 目を開いたイリスは、俺の知っているとても優しい表情をしていた。


「ごめんね、まぱまぱ……私、どうしても抑えきれなくて……」


「いい、そんな事はどうでもいい。それより……おかえり」


「うん……ただいま」


 イリスは目に涙を溜めながら俺の首に腕を回し、声をあげて泣いた。


 イリスがこんなふうに泣くところなんて初めて見たかもしれない。


 思わず、俺もイリスを強く抱きしめて涙を流していた。


「まぱまぱ……! まぱまぱだぁ……!」

「ああ、イリス……俺はここに居るぞ。もうどこにも行くんじゃないぞ」

「うん……約束……あっ!!」


 突然イリスが俺から離れ、立ち上がり周りをきょろきょろと見渡す。


「おい、どうした?」


「にゃんにゃん……にゃんにゃんはどこ!?」


 イリスは自分が酷い目にあわせたネコの事を心配しているらしく、必死にあたりを探している。


「大丈夫だよ。ネコならそこに……あれっ?」


 ……どこだ。

 ネコはどこへ行った!?


 さっきまでイリスの障壁にくるまれていたはずだ。

 それが解除されて地面に横になっているのは確認した。

 まだ意識は無いようだったし自分で動くにせよ勝手にどこかへ行く事なんてある筈がない。


 リリィ達の所へ行ったにしても俺達に何も声をかけずに向かうなんてありえない。


「どうしよう、どうしよう……!」


 イリスはひどく狼狽している。

 やはりネコを狙う第三者が……?


『まずい……まずいまずいまずいまずい……!』


 ママドラまでいつになく慌てている。

 俺だって今心臓がうるさくて仕方ないくらいテンパっているが、ママドラの様子は何かが違う気がした。


『気付かれていないと思って油断してた……! やっぱりイリスの中に居たのは……!』


「ごしゅじぃーん! 大丈夫でしたかぁ?」


「へっ?」


 突然俺の肩を背後からツンツンと突いてくる声に振り向くと、そこにはネコが。


「おいおい焦らせるなよ……無事なら無事と……ってお前どこ行ってたんだ?」


「どこも行ってませんよぅ? ただちょっと様子を伺ってただけですぅ♪」


 様子を伺うって……イリスがどうなったかって事だろうか? 直前にイリスにコテンパンに伸されていたのなら警戒しても当然か。


「うふふ♪」


「なんだよ気持ち悪い笑い方しやがって……俺がどれだけ心配したと……」


「まぱまぱ、ダメ!」

『ミナト君! 離れて!』


「死んでくださぁぁぁいごしゅじぃぃぃん♪」


 ネコの手が。

 ネコの五本の指が、鋭い爪を生やし俺の腹部にぬぷりと刺さる。


「……あ? ごふっ……! ね、ネコ……お前……」


「あぁぁごしゅじんごしゅじん……って簡単に騙されやがってバァァァカ!」


 ネコは凶悪な笑みを浮かべて、俺の腹に突き立てた指を思い切り握りしめた。


「がはぁっ!!」


 俺の皮膚を簡単に貫く事自体おかしい。

 ネコもアルマの力を得ているとはいえ、何かが……いや、違うだろ。

 ネコがこんな事する事がどうかしてるんだ。


 俺は腹の一部を丸々ネコに抉り取られ、血を吐いた。

 腹部からもどくどくと血が流れていく。


『ミナト君……! こいつは』

「まぱまぱ気をつけて! こいつは」


「ヒィィィヤァァァッハハハHAHAハハァァァ!! やっとだ。やっと器を手に入れたぞ貴様等ァァァAAA!! 六竜のクソ野郎ども覚悟しやがれ……今度こそテメェらを皆殺しにしてやるからヨォォォ!!」


 俺にもやっと理解出来た。

 イリスの中に憑りついていたあの黒い何か。

 そして今ネコの身体を操っている者の正体を。


「イヴ、リン……!」




――――――――――――――――――――



お読み下さりありがとうございます。

読者の皆様は覚えているでしょうか?

悪意の塊、イヴリンここに来てやっと登場です。

お忘れの方は102話をさっと覗いてもらえれば思い出して頂けるかと思います。

102話で名前を出した存在の登場が345話というのは我ながら酷いなと思っております。本来はもう少し早く登場予定だったのですがここに至るまでに思っていた以上に話数がかかってしまいまして申し訳ございません。なにとぞご容赦下さいませ。

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