第343話:最後の手段。


「イリス、場所を変えようぜ」


 影人間しか住んでいないとはいえここはロゼノリアのど真ん中だ。

 俺達がこれ以上戦っていたら見る影もない程にボロボロになってしまうだろう。


「……そんな必要無い」


 イリスはパチンと指を鳴らす。

 竜化している大きな手で器用に鳴らすもんだ。


 そんなどうでもいい事に関心していると、一瞬であたりの空気が変わる。


『……結界? しかもこの広さ……全ての建物を避けて膜を張っている……私の娘ながら恐ろしいわね』


「これでいくら暴れても街に被害は出ないよ。安心して戦えるね」


 イリスはゆっくりと一歩ずつ俺の方へ歩いてきて、目の前で止まる。


「殴るからちゃんと避けるなり受け止めるなりしてね」


 その言葉が終わり切る前に、イリスの腕がブレる。

 俺にはブレたようにしか見えなかった。


 咄嗟に竜化させた両腕を目の前でクロスした。

 見えてなどいないが、本能がそうしろと告げていた。


 本来なら避けなければいけない一撃だった。

 俺はイリスの攻撃を受けた、というのを知覚した瞬間真っ黒な場所に放り込まれた気分になっていた。


『……君、……える? ミナト君!! しっかりして、聞こえる!?』


「うおぉ……頭いてぇ……大声出さなくても聞こえてるよ」


『だったら早く立って! 次がくるわよ!』


 その場で横にゴロゴロ転がってイリスの攻撃をかわしながら、先ほど何が起きたのかを考える。


 完全に意識を持っていかれた。

 自分の腕を見ると竜化させた部分がベキベキになってて今にも腕がもげそうなくらいだった。


「うぉなんじゃこりゃあ……!」


『あの子の攻撃を受けたミナト君は吹き飛んで、あの子が張った結界内で何度も何度も建物にぶつかりながら……』


 人間ピンポール状態かよ。あの一瞬でそんな事になってたのか……どうりで首が死ぬほど痛い訳だ。


 幸いにも俺の回復魔法でも十分対処できる損傷だったのですぐに治しつつ、こちらも反撃に移る。


 イリスの直接的な攻撃は確かにとんでもない威力だが、基本的にはまっすぐだった。

 勿論あらゆる方向から攻撃はが飛んで来るが、そこにテクニック的な要素は無い。


 ただめちゃくちゃ早くてめちゃくちゃ重たい一撃を繰り出す。

 まさにまっすぐ行ってぶっ飛ばす状態だ。


 それならば俺にもやりようがある。

 ママドラにタイミングだけ把握してもらって、後は……。


 剣士、聖騎士、魔法剣士、格闘家、武闘家、その他諸々俺の中に居る近距離戦術に長けた者達の記憶をフル動員してスキルと経験でゴリ押すしかない。


『左っ!』


 もうイリスを視界に捕らえる必要は無かった。

 一瞬だけ後ろに飛び退きつつそこを通るであろう腕目掛けてすぐに飛びつき足を絡めて捻り上げる。


 それだけではイリスの強靱な腕はビクともしなかったので、同時に関節の内側部分へ短剣を突き刺している。

 勿論普通の短剣ではイリスの皮膚を突き破る事は出来ないので俺の身体と短剣に強化魔法をかけた上で短剣には切っ先だけに集中的な硬化をかけてある。


 斬る、刺す、というよりも固い棘を無理矢理押し込む形に近い。


 鱗の隙間を縫って短剣を突き刺し、少しだけイリスが怯んだ瞬間を狙って一気に捻りを加え、迷わずにそのままへし折った。


「……いってて……まぱまぱ酷いよ」


 イリスは何事も無かったかのように折れたままの腕を一度ブンっと振るうと、即座に修復されてしまう。


 こりゃ完全に分が悪いな……。

 こっちはまともに喰らえば大ダメージ、こちらからの攻撃を与えたとしても即全回復……この状況で何をどうしろっていうんだ。


『泣き言は無しよ。やるしかないんだから』


 分かってるって……。


「イリス……この結界の中にティアとラム……それにネコは入ってるのか?」


「ううん、ここには私とまぱまぱだけ」


「……それを聞いて安心したよ」


『何をする気……?』

 ママドラ、このままじゃ埒が明かない。

 俺の記憶の中から可能な限り火力高そうなのを片っ端から流してくれ。今の俺ならある程度耐えられるだろ。


『身体は耐えられるだろうけれど……結局意識の混濁は避けられないわよ?』

 それでも、だ。

 この場に居るのが俺とイリスだけだっていうなら俺がおかしくなったって問題ないだろ。


『……分かったわ』

 それに……多分俺がどんな攻撃をして、仮にイリスにダメージを与えたとしてもそれくらいで死ぬような娘じゃないからな。


「……まぱまぱも本気だね。ちょっと、楽しくなってきちゃった」


 イリスがニヤリと、俺の見た事がないような悪い笑みを浮かべる。


『準備と覚悟はいいかしら?』

 いつでもいいさ。やってくれ。


 俺の中に無数の記憶が一気に流れ込んでくる。

 スキル使用だけではダメだ。俺が完璧に使いこなせないと意味が無い。

 だからこそ、その人物の記憶ごと、俺の中に垂れ流す。

 複数の記憶が絡み合い、どれが誰の記憶なのかもよく分からなくなっても、ここで確実な勝ちを拾わなくてはいけない。


 確実に格上相手の戦いなんて久しぶりだ。

 だけど、昔の俺だったらいつだってそうだったじゃないか。


「キ、キヒヒヒ……楽しくなってきたZE……!! 黙れ、出て来るな」


 俺の意識がぐちゃぐちゃに混濁する直前、イリスがよく分からない事を言った気がしたが、その意味を思考する余裕は既に無かった。



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