第342話:娘の実力。


「つまりイリス、お前はこの種の力でおかしくなったわけじゃないんだな?」


「うーん、どうなんだろう? 別に種から吸い上げた魔力はあたし用に変換したから影響は無いと思うけど」


 ……この状態のイリスの言う事だからどこまで信じていいか分からないが、もし本当だったとしたら何故イリスは俺の知っているイリスではなくなってしまったのだろう?


「イリス……俺達と旅をした時の事は覚えているか?」


「……なに? 思い出話? 勿論覚えてるよ。あたしとにゃんにゃんとまぱまぱと……ゲオルやあーちゃん、リリアの人達……ちゃんと覚えてる。これはあたしの宝物だもん」


 そう言ってイリスが黒鎧の兜を脱ぎ棄て、髪留めにそっと触れた。


「……それなのにどうしてネコにあんな事をしたんだ!」


「仕方ないんだよ。ここにいるあたしはあたしだけどあたしじゃないんだ。どんなにこんな事したくないって思っても身体が勝手に動くんだよ。それに……どうしてか分からないけれどあたしの中から何もかもに向けての憎悪が止まらないんだ」


 憎悪……? おおよそイリスの口から出るとは思えない言葉が飛び出した。


「ねぇ、もうお喋りはいいかな? まぱまぱは出来るだけ怪我しないようにやっつけてあげるから安心してね」


「……舐められたもんだな。俺だっていつまでも弱いままじゃねえぞ」


「それでも……きっとあたしの方が強い」


 それは、きっとそうなのだろう。

 イリスを傷つけずにどうにかしたいだなんて無理なのかもしれない。

 何より、イリスに対しては復讐が発動しない。


 ネコが無事なのを確認してしまった為だろう。

 それは心底良かったと思う。

 だが、俺の戦力は真価を発揮する事が出来ない。


「俺はイリス……お前を諦めるつもりはないぞ。俺の中にいるイルヴァリースだって同じ意見のはずだ」

『……そう、ね。諦めてたまるもんですか』

 その意気だ……!


「そっか。じゃあ……仕方ないね」


 イリスが再び禍々しい黒い剣を構え、消えた。


「なっ、消え……」

『上よ!』


「うおぉぉっ!?」


 あぶねぇぇぇっ! ギリギリだ。ギリギリだった。

 ママドラの言葉を聞いて確認よりも先にその場から転がるように飛びのいて正解だった。

 髪の毛が一房切り落とされ風に舞う。


 そしてイリスは、そんな俺を見ても表情一つ変える事は無かった。


「良く避けたね……当たってもまぱまぱなら死にはしないだろうけど」


「イリス……この際だから教えておいてやる。お前みたいなのに切りつけられたらな、俺だってめちゃくちゃ痛いんだぞ!」


「……うん、知ってるよ。大丈夫、死ななければ元に戻るよ」


 それはネコが居ればの話だろうが……。


『ミナト君、気をつけて……イリスは本当にやる気よ』

 分かってるよ。俺もそれなりの反撃はさせてもらうぞ……!


『こういう状況だからね。仕方ないわ。それにイリスは……きっと本気でやらないと』

 殺される、ってか? 殺さないように手心は加えてくれるらしいから娘の優しさに付け込んで活路でも見出してやろうぜ。


『言い方もうちょっとなんとかならないの?』

 ほら、無駄話してる暇はないぜ。俺はイリスの動きをとらえきれないからママドラの感覚頼りになるかもしれない。

 そっちこそうまくやってくれよな。


『まったく……なんだかここまでちゃんと共同作業するのって初めてかもしれないわね』

 ……確かにそうかもな。

 その相手が娘じゃなきゃもっと違う想いがこみ上げたのかもしれねぇが、今は感慨に浸ってる場合じゃない。


『右っ!』


 イリスの姿が再び消え、俺はママドラの声だけを頼りにその場に屈むように姿勢を低くする。

 俺のすぐ上を剣が通り抜けていくのを感じた。

 屈んだ程度で避けられる高さへの攻撃で助かったが、俺も反撃しなきゃ何も変わらない。


 だからこそ危険を承知で一か八かに賭けた。


 イリスの攻撃が空振りするのと同時に、俺はディーヴァを下から斜め上へと切り上げる。


「いたっ……」


 俺の一撃でイリスの黒鎧は右わき腹辺りから左肩にかけて亀裂が入り、砕ける。


「あーあ、壊れちゃった……動きにくかったから別にいいけど。どうせギャルンの趣味だしね」


 イリスは鬱陶しそうに鎧の残ったパーツをバラバラと脱ぎ棄てていく。


「まぱまぱ、あたしが知ってるより動きがいいね……ちょっとだけ、本気出すよ」


 イリスの足元がべこりと陥没する。

 イリスから溢れ出す力の奔流に、周りが耐え切れなくなったのだろう。


「ううぅぅ……あぁぁぁぁぁぁっ!!」


 イリスが咆哮をあげると、空気がビリビリと振動し、それだけで砂煙が吹き上がる。


 そして、イリスの頭には鋭角な角が四本。

 両腕、両足は竜化し硬質な鱗に覆われ、背後には尻尾が揺らめいていた。


 おいおい俺の竜化はやっと腕二本だっていうのになんだありゃあ……。

 言うなれば半竜化だ。


『そりゃイリスは君と違って百パーセントドラゴンだものあれくらい出来るわ。でも……だとしてもこれは、私の想定も軽く越えてるわ。まともにやりあったらこの辺一帯が焼け野原になるわよ』


 ただでさえ砂漠のど真ん中なのにこれ以上焼くのはまずいだろうがよ……!


『でも今の私達は周りに気を配る余裕なんて無いわよ? さっきまでのイリスじゃないから気をつけて!』


「まったく……これ以上何をどうしろっていうんだよ畜生め」




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