第341話:避けられぬ戦い。


 なんとなく、そんな気はしていた。

 ギャルンよりも強大な力。

 そしてママドラが口にしたカオスリーヴァとの関与。


 その両方をクリアしている存在が居たじゃないか。


 イリス。

 イシュタリス。

 俺の娘。ギャルンの野郎に連れ去られた後何があったんだ?


 黒鎧の中身がイリスだと完全に気付いてしまったのはダンゲルのせい。


 ジンバ達と同じように、ダンゲルにはあの種が使われていた。

 つまり、黒鎧の中身は種との適性が高かった身内の可能性もあると気付いてしまった。


 そしてダンゲルの前に黒鎧が現れた時、消える直前に言った言葉。


 俺の聞き間違いであってほしかったが、それが確定する要因になった。


「まぱまぱに怪我させたらあたしがお前を殺すから」


 俺の頭の中は処理が追い付かなくて真っ白になっていた。

 目の前のダンゲルをどうにかしなきゃいけないってのは分かってたが、それどころじゃなかった。


 結果ラムが一人でどうにかしてくれたけれど、俺はラムが泣き止むまでその小さな体を抱きながら、イリスの事ばかり考えていた。


 ダンゲルとラムには申し訳ないと思う。

 だが、俺はイリスを無事に取り戻す事が出来るのかという不安でいっぱいだった。


 ダンゲルのようになってしまうのではないか。

 或いは、それこそダンゲルのように新たな力を開花させ俺達にはどうする事もできない程の強敵になってしまうのでは?


 そうなったら勝てるかどうかすら分からない。

 その上であの種をどうこうしようだなんて無理に等しい。


 だから、頭を整理する為に。

 打開策を見つけるまでのわずかな期間でよかった。

 せめて同盟会談が終わり、シルヴァにこの件をきちんと相談して対策を練る。

 それまで、出来れば時間を稼ぎたかった。


 ギャルンは倒した。

 そしてその際にイリスは現れなかった。

 これならば、時間を稼ぐことができると、そう思っていたのに。


 仮に今だって本当は逃げ出したい。

 イリスと戦うなんて考えたくも無い。


 だけど、イリスが何故だかネコを狙っている。

 そうなると話は別だ。



 幸いネコも命には別状なさそうだ。

 それならば出来る限りイリスを傷付けないように戦い、正気を取り戻させる。


 それが無理だと判断したならばある程度の大技をぶちかましてその隙にネコを連れてここから退散する。


 本当ならイリスをここで取り戻したいし、そのつもりでやる。

 だけど、優先順位はしっかり持っていなきゃならない。


 ネコまで失うのはダメだ。

 それが一番ダメなんだ。


 ぐちゃぐちゃの頭でよく考えろ。

 ネコを守れ。イリスと戦え。しかし出来る限り傷つけるな。そして正気を取り戻させろ。


「……ちっ、なんて難しいミッションなんだよ畜生」


「ミナト! 儂も手伝うのじゃ!」

「私も居るんだゾ!」


 ラムとティアも駆け付けてはくれたが、黒鎧の中身には気付いていない。


「あぁ鬱陶しいなぁ……二人はこいつらの相手でもしててよ。あたしとまぱまぱの邪魔をしないで」


 イリスが腕を振るうと周囲におびただしい数の魔物が現れた。

 相当な数だが、そのどれもがまともではない。

 自分の意思があるようには見えず、まともな姿をしている者もいない。


 大方ギャルンの実験台にでもされた奴等だろう。


「み、ミナト……まさか、あの黒鎧の中身は……」

「イリスちゃんだって言うの? 最悪だわ……」


「二人は手を出さないでくれ。イリスの言う通り他の連中を頼む。これは俺とイリスの問題だ」


「……分かったのじゃ。ミナトには先ほどの借りもあるからのう……その代わり、上手くやるんじゃぞ」


「私達の力が必要だって判断したら絶対にすぐ頼るんだゾ?」


 二人の気持ちがありがたい。

 彼女らはすぐに周りの魔物の掃討にあたった。


「……そのままじゃ危ないね」


 ネコが指先をちょいちょいと動かすと、ネコの身体がふわりと浮き上がり、その身体は球体状の障壁にくるまれた。


「これでにゃんにゃんは無事だから。遠慮しないでかかってきて」


 イリスはとても理性的だ。

 ダンゲルとは違い言葉遣いもしっかりしているし、俺やネコの事もきちんと認識できている。

 なのにどうしてだ……?


 どうして俺達と敵対する道を選ぶ?


「イリス、お前……あの種を植え付けられたのか?」


「種? あぁ、それなら確かにあたしの中にあるけれど……もう機能はしてないよ」


「……なに?」


「種から排出される魔力を全て吸いつくしてやったら干からびちゃった」


 そう言ってイリスは黒い鎧の手甲を脱ぎ棄て、細くしなやかな指を自分の胸元に当てると、胸当てを突き破り、そのまま自分の体内へ指を突き刺していった。


「イリス! 何をやってるんだやめろ!」


「心配? 大丈夫だよまぱまぱ。あたしこんな傷くらいすぐに治るから……それより、ほらこれ」


 イリスが何かを体内から取り出しこちらに放り投げた。


 訝しみつつそれを掴み取ると……。


「……これは、種、か?」


「そう。さっき言ったでしょ? 干からびた種だよ。きったない魔力だったからあたしの中で変換して全部吸い出してやったんだ。すごいでしょ?」


 ……イリスは今まで肉弾戦しかしてこなかった。

 それがどうだ?

 今では俺の理解出来ないような事を次々にやってのける。


 ママドラよ、今こんな事言うのは絶対におかしいって分かってるんだけどさ。


 敵ながら、我が娘は天才だ。



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