第336話:ミナトの耳はロバの耳。
ダンゲルは、無数に生やした棘を全て自分の身体に突き刺して自害した。
「……ラムちゃん」
「何も言うでない。儂は大丈夫じゃ」
ラムはまるで何事も無かったかのように、ダンゲルの頬を一撫でしてから車椅子ごと俺の前までふわりと移動した。
「……どこが大丈夫なんだよ」
確かに表情は変化が無い。
それどころか、不自然なくらいの無表情だ。
「ラムちゃんがそんな表情してる時点で大丈夫なわけないだろ……」
「……うるさい。儂は身内を失うのなんて慣れっこじゃ」
この子は、家族を皆殺されている。
残っていたエルフはダンゲルとヨーキスの二人しかいない。
ダンゲルは行方不明になっていたが、再会できたと思ったら敵の傀儡になっていて、かろうじて話が通じると思ったら目の前で自害してしまった。
この状況を、慣れているからなんて理由で受け流せる訳が無い。
俺は思わず車椅子の後ろに回ってラムちゃんを抱きしめた。
「なっ、何をするのじゃっ!」
「ラムちゃん、俺は後ろに居るから君の顔は見えないぜ?」
「ばっ、ばかもの……っ」
僅かに声が震えている。
この子は今までにどれだけの辛さをねじ伏せてきたのだろう?
乗り越えたからと言ってその時の悲しみが消える事は無い。
彼女の中に押し込められているだけだ。
「ついでに言うと頭の中でママドラがやかましくてラムちゃんの声も聞こえないわ」
『いつ誰がうるさくしたのよ』
黙ってろって。
「お、お主は……本当に……ずるい奴じゃのう……」
「ん? 何か言ったか? 全然聞こえないわ」
「うぅ……うあぁぁぁぁぁぁっ……」
彼女にとってはダンゲルも数少ない家族であり、友だったはず。
そんな相手を失ったっていうのに我慢なんかさせてたまるか。
ラムは今まで抑圧して来た物が一気に崩壊し、内側から想いが噴出するように大声で泣き続けた。
俺は勿論そんな声は聞こえない。
聞いていない事にしておく。
空気を読んでくれたのか、ティアとネコもこちらに寄ってくる事は無かった。
むしろ、必死にどこかのおバカ姫を近付けさせないようにしてくれているようだった。
後で礼を言っておいた方がいいなこりゃ。
マァナはともかくリリィはこんな時でも空気を読まずにラムに絡んでくるに違いない。「ししょーっ! どーしたんですかししょーっ! お腹でも痛いんですかーっ!?」とか言ってな。
今あんなおバカをラムに近付けさせるわけにはいかない。
「……ミナト、おいミナト……もう本当に大丈夫じゃ」
「……」
「おい、もう聞こえんフリはやめい!」
振り向く、というよりのけ反るようにして俺を下から覗き込み、泣き腫らし赤くなった目でラムが俺を睨む。
ほっぺたをぷくーっと膨らませて精一杯怒っている演出をしているのが微笑ましい。
「ラムちゃんは一人じゃないからな?」
「わっ、分かっとるのじゃっ! そろそろ離れいっ!」
顔を真っ赤にしてラムが両手を振り回し俺の顎まわりをぽかぽか叩き出したのでそっと彼女から離れる。
もう、大丈夫だろう。
「……ありがとう」
ほんの一言だけ、聞き取れるかどうかというくらいの小さな声でラムが呟いた。
勿論俺の対応は決まっている。
「ん? 何か言ったか?」
「……べっつに! 何でもないのじゃこのばかものっ!」
そう言ってラムはもう一度ほっぺたを膨らませた後、ケラケラと笑った。
お前が守りたかったのはこの笑顔だろう?
なぁ、ダンゲルよ。
お前が望んでか望まずかは知らんがギャルンの傀儡に成り下がっちまった事には同情するぜ。
……でも最後の最期に男を見せたな。
彼女を守る為に自分で命を絶った根性はすげぇよ。大したもんだ。
俺はお前の事大嫌いだしイリスがさらわれる事になった直接の原因だから絶対に許せないけれど、それでも見直したよ。
だけどさ、結果的にラムを悲しませてんじゃねぇよ。何もかも裏目りやがって……。
まるで自分を見ているようで腹が立って仕方ない。
だけど俺はもうあんな失敗はしないぞ。
お前みたいに一人で突っ走ったりしないからな。
俺には頼りになる仲間達がいるんだ。
拠点に居る奴等だってそうだし、勿論ここにいるネコ、ティア……そしてラムもだ。
お前と違って俺は共に歩むと決めた。
多いに力を借りるし、俺も絶対に守り切る。
ラムの隣に居るのがお前じゃなくて俺達だって事をあの世でせいぜい悔しがれ。
そして安心していいぞ。
俺達は絶対にラムを一人にしたりしない。
お前が守りたかった物は俺達が守るよ。
だからもうお前の出番はねぇぞ?
のんびり眺めてりゃいいさ。
『いつものは言わないの?』
……人がせっかく奴への恨みを良い感じに自分の中で消化しようとしてんのにそういう事言うの?
『だって言っといた方がきっとスッキリするわよ。あいつには私だって腹立ってたんだから』
ダンゲルのせいでイリスが……というのはママドラにも話してあったからな……恨むのは当然だろう。
だったらやっぱりやっとくか。
『いいぞやれやれ!』
……いや、そんな声援送られながら言うもんでもねえだろうよ……。
ざまぁみやがれ、なんてさ。
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