第335話:馬鹿者めが。
「ラムちゃんラムちゃんラムちゃんラムちゃん!!」
ダンゲルは人の身とは思えない不規則な動きで地面を這いまわり、ラムに迫る。
突然だった。
唐突にダンゲルがラムに対する異常な執着心を見せた。
死に直面してラムに対しての感情だけは取り戻したのだろうか?
どちらにせよ敵意がある時点でその執着はマイナスでしかない。
「キショいんだゾ!!」
ティアがダンテヴィエルを振り下ろすけれどダンゲルはその場を転げまわるように回転してかわし、それでいて一切勢いを失わずに突進を続けた。
「ダンゲル……止むを得んか。地に縫い留められよ!」
ラムは手を掲げ、ダンゲルに向けて炎の矢を無数に降らす。
「ひゃあぁぁぁぁっ! ラム、らム、ラむ、らむちゃぁぁぁぁぁん!!」
ダンゲルの身体が伸びた。
細長く、まるでムカデのように黒い鎧の隙間からぐにゃりと伸びた身体がはみ出している。
所々に残る鎧の部分がその見た目をより一層ムカデのように見せている。
炎の矢をぐにゃぐにゃと身体をくねらせながら避けていくが、無数の矢を全てかわす事は出来ない。
足の根本に突き刺さり地面に縫い留められるが、ダンゲルはそんな事気にせず突進を続け、ついに足が千切れてしまう。
「ダンゲル……止まれ! 止まるのじゃ……!」
ラムは涙目で訴えるが、ダンゲルには届かない。
それどころか脇腹や千切れた足の部分からにょきにょきと昆虫のような足が無数に生え、どんどん身体を異形化させていった。
「止まれ……止まって、くれ……もうそれ以上、無理をしてはいかんのじゃ……」
「僕は、ぼ、ぼぼ僕は、もう、もう終わりなんだよよよ! し、ししぬ前に、ら、ラムちゃんを……」
「儂を? 儂を……なんじゃ? 何が言いたい。お主の言葉を聞かせるのじゃ」
「おいラムちゃん! もうそいつは……ダンゲルじゃねぇぞ!」
俺は二人の間に割って入り、ダンゲルの頭を蹴り上げる。
頭部はまだダンゲルの原型を留めているので不思議な感覚だ。
「邪魔を……しないでよぉぉっ!!」
ぶわっと跳ね上げられたダンゲルの背中から魔力の棘が無数に生えて俺に襲い掛かる。
「グロい動きばかりしやがって……!」
両腕を竜化させ、その棘を全て粉砕。
想定外だったのが、思った以上にその棘が脆かった事だ。
俺に対する攻撃が目的ではなく、粉砕させる事こそが目的だった。
砕けた棘の欠片はまるで煙幕のように小さな粒子にまで変化し、俺の周りを真っ暗に包む。
「うおっ!? クソが……煙幕で目くらまししたくらいで俺の不意を突けると……」
『違う!!』
ママドラの声で気付いた。
最初からダンゲルは俺なんて相手にしてないんだ。
俺を足止めしたとして、攻撃なんてしてる暇があったら奴はラムの所へ向かう。
「ラムちゃん! 気をつけろ!!」
大ムカデのようになったダンゲルは既にラムに巻き付いていた。
「ラムちゃん!!」
「儂は大丈夫じゃ!」
よく見るとラムは自分の周りを障壁で包んでおり、ダンゲルはその球状の障壁に纏わりついているだけだった。
俺がダンゲルに向けて竜化した腕を振り下ろそうとした時。
「手を出さんでくれ!」
ラムのその言葉に手が止まる。
明らかにダンゲルはラムだけを狙っている。
ここに現れたばかりの時はラムに対する執着心がかなり薄れていたようだったのに、今ではまるで妄執だ。
本能だけで動くようになったからこそ、心が求める物に一直線に引き寄せられてしまうのかもしれない。
俺やティアが協力して攻めれば倒せる。
闘って分かったが、やはりダンゲルは力に振り回されていて、そのとんでもない魔力によるプレッシャーと戦力が比例していない。
しかも今のダンゲルは完全に正気を失っている。
これなら勝てる。
勝てるのだが……。
ラムの視線は先ほどの言葉と同じく俺に訴えかけてくる。「手を出すな」と。
俺は迷いつつも、彼女を信じる事にした。
手を出すなという事は一人でどうにか出来ると言う事だ。
ラムがそういうのならそうなのだと信じる事が出来る。
俺が竜化を解き、少し離れた場所に降り立つと、微かにラムが笑ったような気がした。
「感謝するのじゃ」
ダンゲルが完全にラムの周囲をその長い身体で包み込み、ギリギリと締め付けていく。
「ラムちゃんラムちゃんラムぢゃん……!」
「おうおうダンゲルよ。随分とみてくれが変わりよってからに……お主は儂をどうしたいのじゃ?」
「決まってるじゃないか……僕はラムちゃんの為に今まで……ラムちゃんに……ラムちゃんを……ご、ごろ……殺さなきゃ」
ダンゲルの顔の半分、どろどろの部分についている大きな眼球が目まぐるしくあちこちへ動き回る。
「儂を殺すか。大きく出たのう? お主が儂を殺せると本気で思っておるのか?」
「こ、ころ……殺せる……殺す。ころさなきゃ……」
「何故儂を殺したいのじゃ?」
「なぜ……? なぜ?? 分からない。なんで?」
ダンゲルとしての意識はどこまで残っているのだろうか? それは俺には分からないけれど、ラムの言葉に少なからず反応があった。
俺はそんなダンゲルの様子を見ていつぞやのエリアルを思い出していた。
確かあの時エリアルも正気を失って、今の自分がどういう状態なのか分からない様子だった。
今思えばアドルフがエリアルに使ったのはあの種だったんだろう。
肉体が耐え切れずあんな姿になってしまった。
ダンゲルも、既に完全なる異形の者と化している。
それでもあの時のエリアルのように、かろうじて言葉が通じているのもまた事実だ。
「僕は……ラムちゃんに……」
「儂に、なんじゃ?」
ラムの声はとても優しい。
敵に対する物ではなく、彼女は同じエルフとしての仲間であるダンゲルへ問いかけていた。
「ぼ、ぼぼ僕、僕は……」
ずるりとダンゲルの身体が地面へゆっくり落ちていく。
締め付ける力を弱めたようだった。
「……ダンゲル、なんじゃ? 言うてみい。もう儂に隠し事などするな。本当の事を教えてほしいのじゃ」
驚くべき事に……締め付けが緩んだ瞬間に、ラムは自分の障壁を解除していた。
今再び締め付けられたらひとたまりもない。
嫌な汗がどっと噴き出てくるが、動けない。
俺が今動く訳にはいかない。
信じると決めたのだから……。
「ぼく、僕は……き、君に……」
「うん」
「あ、あ、あ、……あやまり、たかったんだ」
「そうか。教えてくれて有難うのう。ダンゲルよ、儂はお主を許すのじゃ。安心せい……お主が儂の事を気にかけてくれていたのはちゃんと伝わっておるよ」
「は、はは……あり、がとう」
ダンゲルは血の涙を流しながらにっこりと笑った。
「……ラムちゃんは、やさしいなぁ」
一瞬の出来事だった。
意思の疎通が取れているように見えたダンゲルが動く。
「ラムちゃん、さようなら」
じゃぎりと、ダンゲルは身体中から鋭い棘を無数に生やした。
「ラムちゃん! 逃げろ!」
彼女は動かない。
その視線はダンゲルの瞳に向けられたままだ。
そして、鋭い棘はまるで触手のようにそれぞれが弧を描き……。
俺が助けに入る間もなく、無数の棘が迷いなく一斉に突き立てられた。
ぴくりとも動かなくなり、ぐったりとするその様子を見て、誰も動く事ができなかった。
「……馬鹿者めが」
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