第314.5話:ゲイリーの歩む道。(ゲイリー視点)


 可能ならば世界征服でもしてやりたい気分だった。

 俺はそれくらい、この世界を憎んでいた。


 魔物にさらわれたのだから魔物に対して殺意が湧くのは分かる。


 だけど、俺の破壊衝動は魔物、ではなく力の有る者や権力に向かった。


 昔から縛られるのは嫌いだった。

 それでババァを何度も困らせた覚えがある。


 それでもあの弱くてシワシワのババァは俺を怒ったりしなかった。


 優しく、窘めるだけ。


 それでも俺は変わらなかった。

 自由に生きたかった。

 なんで俺がこんな不自由な暮らしをしなければならないんだといつも不満に感じていた。


 俺という糞野郎は弱者であるババァの言葉で変わる事が出来なかった。

 綺麗事では何も変わらないと身をもって知ってしまった。


 だからかもしれない。


 綺麗事をいくら並べても人の気持ち、性根の部分は変わらない。

 良い奴は良い奴、糞野郎は糞野郎。

 そういう物だ。


 ルールで縛り付けても何も好転しないのならば好き勝手にやればいい。

 下手に権力を振りかざせる体制が整っているから糞野郎が糞野郎と気付かれずにのさばり続ける。


 なら一度フラットにしてしまえばいい。

 誰でも好き勝手に何にもとらわれず自由に生きる事が出来るようになれば、人の本性は露呈する。


 そうすれば糞野郎が糞野郎だとみんな気付く事が出来る。


 そうなれば話が早い。出る杭を皆が打つだけだ。

 自由の名のもとに気に入らない糞野郎を粛正してやればいい。


 それでも弱者は肩身が狭いかもしれない。

 だけど弱者が弱者であるのは柵に捕らわれているからだ。


 自由になればもしかしたら弱者でなくなるかもしれない。

 そこから先は本人次第だ。


 俺は何もかも平等で理不尽の無い世界を作りたい。

 せめて俺が住むこの街だけでもそういう場所にしたかった。


 その為ならばなんだってしよう。

 例え弱者を踏みつけてでも、一度フラットにしなければいけない。


 自由を。

 そして混沌を。


 その先に初めて誰もが自分の気持ちを押し込めずに生きられる世界がやってくる。



 ……そうして俺は同士を集め、自らのスキルで操り、この街に邪魔な者達を排除し始めた。


 リザインはいい主導者だと思う。

 だが周りはそうでは無い。


 それはリザインが権力者ではあるが強者ではないからだ。

 恐れて委縮しないからこそ糞野郎は水面下でのさばり続ける。


 見せしめだ。

 糞野郎どもに次は我が身だと思い知らせる為にトップを潰す。


 リザインに恨みは無いが上に立つ者の役目を果たしてもらおう。


 暗殺者を送ったが帰ってくる事は無かった。


 きっと腕の立つ護衛が居るのだろう。

 俺はリザインが一人になる時を待った。


 しかし一向に姿を現さない。それなのに仕事だけは各地できっちりこなしているという。


 ならば講演会を狙うしかない。

 そこならばリザインは間違いなく壇上へ上がる。

 民衆の目の前で劇的な最期を。


 そうして俺はミナトと出会った。

 彼女は強かった。


 弱者の俺には何の準備もせず勝てる相手ではない。

 だから敢えて一度ふところに飛び込む事にした。

 準備を整える為に。


 そして、ついでに俺の中に渦巻いている迷いを消して貰おうと思った。


 自分ではそんな事出来なかったから。

 誰かに奪われてしまえば、その先へ進める。


 しかし彼女は俺からあのババァを奪ったりしなかった。

 それどころか俺の命さえも。


 悔しかった。持つ者と持たざる者の境界線はいったいなんだ?

 これこそが不条理。これこそが理不尽。


 しかし、ミナトやリザインと話していて思い知らされた。


 いや、再確認した。

 己の弱さ、甘さ。


 俺は何をするにも中途半端だった。


 確かにあの時ミナトがババァを殺さなかった事に安堵していた。


 その時点で俺の負けは決まっていたのだろう。


 リザインは俺が思っているほど弱者ではなかった。

 腹の底はよく見えないが、したたかさを隠し持っている。


 あの男の要求には驚いたが、もう俺にはその提案を振り切ってまでしたい事も無かった。


 いや、むしろリザインがしようとしている事こそが、本当に俺がやりたかった事ではないか?


 そう思えてしまった。


 癪だが、教会の支援も非常に助かる。

 平等で、理不尽の無い世界を作ってくれるというのであれば俺は喜んで協力しよう。


 しかし、俺の命を預ける代わりに俺は一番近くで見張らせてもらう。


 万が一にも……リザイン、お前が弱者を裏切るような事をしたら。


 その時は、俺と一緒に地獄へ落ちてもらう。


 こんな俺が生き残ってしまったからには、このクソったれな世界に少しでも傷痕を残してやるさ。


 その為にもリザインよ、俺を上手く使ってくれよな。


 そしてミナト。

 もう少しでいいからお前みたいなのと早く出会いたかった。


 俺の間違いをぶん殴って正してほしかった。


 ……また他人任せにしている。


 本当に俺は救いようのない糞野郎だ。


 糞野郎のゲイリー・サイガ・トンプソン。


 お前はここで死ね。


 俺は誰でもない何者かとして、やれる事をやるさ。


「貴方は自由なのよ。こんな所にとらわれずに飛び立ちなさい。きっとそこには素敵な未来が待っているわ。だからね、後悔よりも次にどうするかを考えて。そうすれば貴方はいつか本当の英雄になれる。だってゲイリー・サイガ・トンプソンですもの」


 ……あんたは俺がガキの頃、俺が悪さする度にいつもそんな事言ってたよなぁ。

 ゲイリー・サイガ・トンプソンは今日ここで死ぬが、それでも俺はただの俺としてあんたの言葉を信じてみるよ。


 ババァの期待した英雄の道じゃなくってよ、泥臭い俺の道を進んでいくぜ。


 俺がババァの前に顔を出す事はきっともう無いだろうが……。




 長生きしろよな、クソババァ。


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