第299話:物分かりのいい男。

 

「あんたが噂のボディーガードかい? 思ってたよりもよっぽど可愛らしい女の子じゃないか」


「そういうテメェは噂の隻眼の鷹ってやつかよ。思ってたより普通の男だな」


「俺なんかに構っていていいのか? って言っても今頃リザインの奴は跡形もなく蒸発してるだろうけどな」


 隻眼の鷹メンバーと思わしき男はこちらに向き直り、壇上を一切見ていない。


「リザインはうちの優秀なお子様がきっちり守ってるから問題ねぇよ。目が腐ってんのか?」


「馬鹿な……」


 慌てて男が壇上へ目をやる。


 光り輝く巨大な球体はリザインに接触する直前で渦のようにねじ曲がった形で凍り付いていた。


「俺達が四人がかりで発動させた魔法を、止めただと……!? ふふっ、本当にお前らすげーんだな。でも悪いが俺達の勝ちだ」


 空中で制止したままの氷塊にピシピシと亀裂が入り、そこから紫いろの気体が噴き出す。


「なんだありゃあ……」


「魔法の爆発で死んでりゃ良かったのに……お前らが止めちまうからプランBが発動しちまったぞ?」


 そう言って男は笑った。

 よほど愉快だったのか聞いてもいないのにペラペラと語り出す。


「ちゃんと爆発してりゃあれは全部燃えて無くなってたんだ。万が一の事を考えて猛毒を仕込んでたってわけよ。お前らのせいで死人が増えるなぁ? どんな気分だオイ」


「うちのお子様を舐めるなよ」


「あん?」


 不思議そうな男に、俺は壇上を無言で指差す。


 噴き出した毒の霧はぎゅるぎゅると一か所に吸い寄せられ、どんどん凝固していく。


「……なんだありゃあ」


「さぁな。うちのお子様がどうにかしてお前らの作戦を全部ぶっ潰してくれたってだけだよ」


 ラムならこれくらい出来て当然だ。

 魔法に関しては俺なんか足元にも及ばない。


「……で、覚悟はできたか?」


「ひ、ひひひ……作戦は失敗だ。何もかもおしまいだ……」


「ならどうする? せめて俺を殺して首でも持っていこう、ってか?」


「お前ら全員あんな事が出来る化け物なんだろ……? まともに相手なんかしてられるか。俺はこのまま逃げる。この国を出てどこまででも逃げきってみせる……!」


 あっさり隻眼の鷹を裏切りやがったなこいつ。

 そこまでの信念は無かったって事か? リザインの家に襲撃に来た奴の方がよっぽど覚悟が決まってたぞ。


「じゃあな!」


 男が素早い動きで何やら胸の前で印を結ぶように手を動かすと、その姿がスゥっと消えていく。


 あの黒鎧の消え方に似ていたが、これは根本的に違う。

 あの鎧野郎は確実にその場から消失……つまり転移していた。


 しかしこいつの場合は……。


「おりゃっ!」


 俺は何もいないように見えるその場所を蹴り上げる。


「うおっ!? お前、見えてるのか!?」


「やっぱりな。姿を見えなくしているだけか」


 光学迷彩みたいな感じで自分の姿を風景に溶け込ませ、見えなくするだけの魔法だ。

 素人相手ならそれで通用するだろうが俺には気配が察知できるし、こんな事で逃したりはしない。


「くそ……こうなったら……」


「まだ何か企んでるのか? いい加減にあきらめ……」


 ボンッ!


「きゃあっ!」


 突然舞台のすぐ前あたりの場所で小規模な爆発が起きた。


「ふっ、こんな事もあろうかと人員を配置していて助かったぜ」


 魔法攻撃をしていた四人以外にも隻眼の鷹が……?

 これはちょっとまずいぞ。俺達が一人につき一人を撃退したとしても一般人に紛れている奴等がいるとしたら……。


 爆発の規模は大した事ないのだが、音に驚いた民衆たちはついに恐怖の限界を迎え、一気に会場の外へ駆け出した。


「はははっ、これだけの人間に紛れてしまえばいくらお前でも見つけられないだろう! 今度こそさらばだ!」


 俺と男の間を大量の人間が我先にと駆け抜けていく。

 確かにこれは鬱陶しい……!


 でもまだ見失う訳にはいかない。

 今どこそ必ずとっ捕まえてやるからな!


 姿が消えているので非常に分かりにくいが、なんとか奴の行動は感覚で追えている。


 それくらいで振り切れると思うなよ……!




「はぁ、はぁ、ここまでくれば……」


「遅かったな」


「……おいおい冗談だろ?」


 俺はこいつと戦っている最中に自分の魔力を付着させていた。

 元々は失せ物が多い冴えない青年が、探し物がどこにあるのかをすぐに判別できるように編み出した魔法らしい。


 記憶の中にはまだまだ便利な魔法があるものだ。


 俺は会場上空に飛び上がって自分の魔力反応を目視で見つけただけ。

 ラムのように感知出来ればこんな事する必要もないんだが、俺には俺のやり方で足りない部分を埋めるしかない。


「俺からは逃げられないぞ。諦めて投降しろ」


「……めんどくせぇなお前」


 そう言って男は姿を現す。


「諦めたと考えていいのか?」


「冗談言うなよ。こんな可愛らしいお嬢ちゃんに負けたとなっちゃいい笑いもんだぜ……少し本気を出す。死んでも恨むなよ」


 男は上着を一枚脱ぎ棄て、腰に差していた長ドスくらいの長さの剣を構える。


 あまり直接的な戦闘したくないんだけどな……加減できずに殺したら意味が無い。


「じゃあ俺もちょっと本気出すからそれでも戦うかどうかは見てから決めてくれ」


「何を言ってる……? かかってこないならこちらから……」


「だからちょっと待てって言ってるだろうが!」


 腕を竜化させ地面をぶっ叩く。

 訓練所でやったのより力を多少加減して、俺達の周囲のみ吹き飛ばす。

 瓦礫と一緒に男が上空に吹き飛んだが、落下してきたそいつをがっちりキャッチ。


「で、どうする? 本気ってのを見せたいっていうなら付き合うけど」


「は、はは……俺は前言撤回が好きな男さ」


「物分かりのいい奴は嫌いじゃねぇぜ」



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