第294話:イカれた執念。


 俺が潜んでいる事など気付かずに侵入者は足音を殺し家の奥へと侵入していく。


 足音を殺すだけならともかくドアを開ける音すらしない。

 完全にプロだなこれは……。


 これでただの一般人の犯行という線は消えたと思っていいだろう。


 俺が集中してやっと気配を感じる事が出来る程度だ。


 ゆっくりと暗殺者はリザインのベッドに近付き……ダガーを勢いよく突き立てた。


 ガギン!


「なっ……!?」


「残念だったな。リザインはここには居ねぇよ」


 暗殺者がダガーを突き立てたのは俺だ。

 リザインのベッドで俺は寝泊まりしている。


 リザインとルークは今頃俺のストレージ内に作った簡易家屋の中でぐっすりお休み中って訳だ。


「貴様、何者だ!?」


「それはこっちの……台詞だろうがよっ!」


 ベッドから飛び起き、暗殺者の腕を掴んで一気に捻り上げる。


 ベキベキッ! という音を立てて暗殺者の腕が変な方向にねじ曲がった。


「やべっ、そこまで力込めたつもりなかったんだが……」


「ぐっ、ぎゃぁぁぁぁっ!!」


 暗殺者はぐにゃぐにゃに曲がった腕を押さえて床を転げ回った。


「おい、大丈夫か? 頼むからショック死とかするなよ? お前には聞きたい事が山ほどあるんだからな」


「ふざけるな……! 腕一本くらいで勝った気になるなよ……リザインはどこだ? 匿うとろくな事にならないぞ」


「ろくな事にならないって? どんな事か教えてほしいね。腕が折れたりするのか?」


 俺はできるだけ無警戒を装って暗殺者の方へ歩み寄る。


「ちっ、教える気が無いなら直接その身体に聞いてやる!」


 暗殺者は高速移動のスキルを所持しているらしく、瞬時に目の前から消え、俺の背後に現れた。


 つもりになっている。


「なっ、えっ!?」


「ざんねーんでしたー」


 暗殺者としてのスキルなら俺の記憶の中にある物の方が優秀だったようだ。

 その場に残像を残しつつ逆に暗殺者の背後に回っていた。


 そのまま首に腕を回し、ヘッドロック。


「お前はなんの為にリザインを狙う? 言わないと首がぽっきりいっちまうぞ?」


「ぐっ……教える、必要は……無いッ!」


 突然暗殺者の身体が燃え上がった。


「うおっ、なんだなんだ?」


 ちょっとビックリして一度暗殺者から手を離し、距離を取る。


 暗殺者自体はそのまま床をゴロゴロと転がって火を消した。


「はぁ……はぁ……」


「おいおい、俺から逃れる為に自分に火をつけたのか? 何がお前をそこまでさせるんだよ」


「うるさい! お前に我等の崇高な理想を語った所で理解などできまい!」


 うわ……ある意味宗教じみてやがるな。

 暗殺者は既に服があちこち燃えてボロボロになりながら、こちらに掌を突き出した。


 魔法……か。


「いいぜ、撃ちなよ。お前じゃ俺に勝てないって事を思い知らせてやるから」


「……その言葉、後悔してもしらんぞ!」


 暗殺者が使うにしてはかなり強力な魔法。

 巨大な火球が俺の目の前に現れ、身体を包み込もうとした。


「馬鹿野郎。家が燃えたらどうするんだよ」


 俺は火球を結界で包み、その中に水魔法を流し込んで相殺。

 一気に水蒸気が吹き上がり、結界が内側から破裂してしまった。


「うわっ、強度が足りなかったか……? あちちっ」


 高温の水蒸気が部屋中にまき散らされ、まるでサウナのようになってしまう。


「くっ、化け物め……!」


「俺に勝てないのは分かっただろ? 死にたくなかったら目的とお前らの親玉が誰なのか吐いてもらうぞ」


「……ここまで、か」


 暗殺者は戦うのを諦めたようで、ダガーをぼとりと床に落とす。


 俺の視線がそちらに行った一瞬の間に、高速移動スキルで部屋から飛び出していった。


「あっ、この野郎逃げるんじゃねぇ!」


 俺の方が早いってまだ分からないのか?


 屋根の上で追いつき、相手の足を払う。


 暗殺者は派手に屋根の上を転がり、そのまま地面に落下していった。

 俺もその後を追い、逃げられないように拘束しようとしたその時……。


「貴様の好きには……させん。私が死んでも我々の意思は死なない!」


 鬼気迫るとはこの事だ。

 俺はその時の暗殺者の顔を忘れる事はないだろう。


 目深にかぶっていたフードはボロボロになり、既に素顔も見えていたが、暗殺者の男は……。


「ざまぁみろ! ははははははははは!!」


 俺に向かって狂気に満ちた瞳を向け、笑いながら……自らの顔面に魔法を放った。


 頭部が吹き飛び、残された首の断面から血を噴き出した遺体が地面に倒れ込む。


 こいつらは……俺が思っていたよりも本気で、狂っている。


 さすがに夜中と言えど往来にこんな物を放置する訳にも行かないのでそいつの遺体自体を結界に包み込み、室内へ持ち帰る。


「さて……どうしたものかな」


『これって完全に君がぶっ殺したと思われるわよね?』

 そうなんだよ。


 ちゃんと説明したら分かってもらえるだろうか?

 まぁ、どっちだっていいんだけどさ。殺しに来たんだから殺される覚悟もあったみたいだし。


 まさか自ら死ぬ覚悟すら持ってるとは思わなかったけどな。


『君ってほんと詰めが甘いのよね……最初から本気出してれば……』


 いやいや、人間相手の加減は難しいんだってば。

 下手に力出せば死んじまうしさ……相手に諦めさせてゆっくりふんじばるのが理想だったんだって。


 もうどうにでもなーれっ。


 翌朝、ストレージ内から部屋にリザインとルークを戻したら、それはもう想像通りの大騒ぎになった。



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