第276話:ボケ殺し。


「いやぁ本当に素晴らしかった! まさしくリン・イザヨイの再来ですよ! 私感動致しました!! まさかあれほどとは……!」


「もういいっていつまで言ってるんだよ……それにリン・イザヨイとか言ったって知ってる奴少ないんだろう?」


 あれから毎日のようにこれだ。

 ルークが俺にやたらと纏わりつくようになった。

 こういうふうに露骨にヨイショされるのはあまり好きじゃない。

 裏に何かあるんじゃないかと邪推してしまう。


『そこで素直に喜べないのが君なのよねぇ』

 そういう人生送ってきたんだからしょうがないだろ。


 笑顔で近づいてくる奴には大抵裏の目的があるんだ。そういう物なんだよ。


『人を信じすぎるのは良くないけれど君は君でこじらせすぎちゃってちょっとねぇ……』


 疑り深いくらいの方がいいんだよ。



 無事に入隊完了してから早一週間ほど。

 ティアは退屈だからと言って毎日どうでもいいような依頼にまで足を突っ込んであちこち駆け回っている。

 ラムは魔法を使える奴等の先生みたいになって訓練を手伝っているようだ。

 ネコは毎日寝て起きて食べて寝て起きて食べて寝てる。


 俺は、と言えばルークの相手をしながらお茶をすする日々。


「聞いてますか!? リン・イザヨイと言えばこの国の防衛を一手に担っていた……」


「分かった分かった。その話はもう耳タコだよ……」


 俺の中に眠っているリン・イザヨイを呼び出して会話させたらルークの奴刺激が強すぎて死ぬんじゃないか?


「ところでティアとラム知らないか? 朝から姿が見えないんだが」


「ああ、お二人でしたら朝緊急の依頼が入ったので魔物討伐に……」


「二人で行かせたのか? なんで俺に言わなかった?」


 他の連中で対処するならまだ分かる。

 でもラムが駆り出されるという事は緊急で、かなり急ぎの案件だったんだろう。


「それが……ティアさんが、ミナトは起こさなくってもいいんだゾ♪ ……と」


「あぁ……何となく理解した」


「一応ユイシスさんについては起こそうと試みてみたんですが……」


「やめとけやめとけ。あいつのいびき凄かっただろ。寝てる時はほっとくに限る」


「はぁ……さすがに私が女性の部屋に入るのも問題あるかと思いシャイナさんにお願いしたのですが……」


 よりによってシャイナか。大丈夫だったのかな?


「しばらくしても出てこないのでどうしたのかと思いうっすらドアを開けてみたんです」


「へぇ、ネコの奴が起きなくて困ってる姿でも見れたか?」


「いや、それが……声をかける事すら怖かったらしく頭を抱えて部屋の中をうろうろしていました」


 ……その光景が目に浮かぶようだ。


 シャイナはネコと俺が大分トラウマになってるみたいなところあるからな……。


「おおミナト、こんな所に居たのか。探したよ」


「俺は大体毎日ここだよ」


 ドアを開けて休憩所に入ってきたのは隊長のジンバ。そして……その背中に隠れるようにシャイナの姿も見えた。


「実は君に話があってね」


「なんだ? 依頼絡みか?」


 ジンバはあの試験の前も後もまったく態度が変わらない。

 ……が、俺は見逃さない。

 その態度と違ってあいつの目はいつだって笑っていない。

 何か腹に一物あるタイプの人間だ。そう、ダンゲルのような……。


 隊長ともなると皆の手前明るく笑顔で手本になるような存在でなければいけないので、常に自分を偽っているのかもしれない。こいつも苦労人なんだろう。


「隊長! 探しました、ちょっと来てもらえませんか!?」


「なんだい? 今私は忙しいんだが……ん、なんだって? 分かった。すぐに行く」


 ジンバを探し回っていたらしい隊員の一人がこそこそと彼に耳打ちすると、ジンバは真面目な顔になってシャイナの肩を叩く。


「すまないが私は急ぎの用が出来てしまったのでね、後の事は君に一任する。よろしく頼んだよ」


「た、隊長! 私を一人にしないで下さいっ!」


「はは、君も子供じゃないんだから我儘を言うもんじゃない。副隊長として恥ずかしくない毅然とした態度を、ね? それじゃミナト、すまないが私はこれで」


 それだけ一方的に告げてジンバは部屋から出ていってしまった。

 隊長ってのは忙しいもんなんだな。いろいろと片付けないといけない案件が山積みなのかもしれない。

 隊員が揉め事を起こせば全て隊長の監督不行き届きって事になっちまうだろうしなぁ。


「うぅ……」


 シャイナは頭を抱えて立ちすくんでいた。

 よほど俺は怖がられているらしい。ちょっとだけ傷付くぞ。


『それは君がやり過ぎたのが悪いのよ』

 それはそう。


「まぁそんな所に突っ立ってねぇで座れよ。ルークが茶を入れてくれるから」


「え? あ、はい。お茶ですね! すぐにお持ちしますよ」


 俺の言葉に慌ててルークがお茶を用意しに一度退室。


 俺とシャイナ二人だけになってしまった。


「あ、あの……えっと……その……」


 うわー、めちゃくちゃ気まずい。


 彼女は恐る恐る椅子に座ると、俺の機嫌を伺うかのようにチラチラとこちらを盗み見てくる。


「そんな怖がらなくたって取って食ったりしねぇよ……普通にしてくれないか?」


「わ、分かってる。分かってはいるのだ……。しかし、ミナトの顔を見ているとあの時の事が頭にフラッシュバックしてしまって……」


 うーん、完全にトラウマになってるなこれは。


「悪かったって。別に敵じゃねぇんだからさ、そんな態度取られたら俺だってへこむぞ」


「う、ふぇ……ご、ごめんなさい……」


『あー、泣かした! ミナト君が女の子泣かしたーっ!』


 ……強気女子の怯え姿ってたまらんよな。


『からかってるのにツッコミが返ってこないのって……寂しい。このボケ殺し!』


 しらんがな。


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