第272話:建築技師タチバナ。
ルークが防衛壁の前まで行くと、紋章が刻まれた場所に何かを押し当てる。
すると防衛壁に小さなドアが現れた。
「さ、こちらです」
「ほほう、なかなか興味深い仕組みなのじゃ」
いつの間に目が覚めたのか、一連の流れを見ていたラムが興味深そうに顎に手を当てていた。
「そうでしょう? 実はこの防衛壁には出入り用の扉を常設しておりません。国から発行される特別なエンブレムを壁の紋章部分に当てますと……」
「ふむ、限定的に中への扉が開かれる訳じゃな。しかも普通の扉ではない。ごくわずかな距離ではあるが空間を繋げておるのじゃ」
「さすがラムさん。一目で見抜きますか」
……そりゃこれだけの壁なら相当分厚いだろうし普通のドアじゃ通れないだろうな。
「カカカ、もっと褒めてもいーんじゃぞ♪」
ラムの笑い方って悪役っぽいんだよなぁ……。
ルークに続き、現れたドアをくぐるとそこは……。
「うお……こりゃとんでもないな」
「ごしゅじん、凄いですぅ……高い建物が沢山ありますよぅ!」
ネコが騒ぐのも頷ける。
ラムすら驚いてるし。
ティアはあまり興味なさそうだけど。
目の前に広がっていたのは、この世界にありがちな木造建築ではなく、どちらかというと鉄筋コンクリートとかに近しい質感のビルだった。
大体六階建てくらいまでが限界のようだが、この世界の基準で考えると人が居住する建物としては異例だろう。
「驚きましたか!? これは特別な製法で作られておりまして……」
「待て待てルーク、これは昔からこういう街並みだったのか?」
「いえ、ここ数年で一気に開発が進みました。それもこれも建築技師のタチバナさんのおかげですよ」
……建築技師のタチバナ……ねぇ?
そいつどう考えても元日本人だろ。記憶を持っている可能性が高い。
おそらく前世で建築関係の仕事をしていて、技術をこの街に広めたって感じか。
「後でそのタチバナって奴に会わせてもらえないか?」
「え、建築技師に、ですか……? 勿論構いませんが……どうかされました?」
「多分そのタチバナって奴は俺と同郷っぽい気がするんだよな」
「そ、そうでしたか! この不思議な建築技術はどこかの地方に伝わる手法だったのですね? それは興味深い! いったいそれはシュマルのどのあたりなのです!?」
「い、いや……その事はいいから。とりあえず後でそいつに会わせてくれ」
ルークが思いのほかグイグイ食いついてきてしまったので話を打ち切る。
あまり詮索されると俺がこの国の住人じゃないのがバレてしまいそうだ。
「少々残念ですが仕方ありませんね。まずは防衛隊の本拠地へ行きましょう」
この国の風景は、やはりどこか日本を思い起こさせる。
ビル群がひしめき、一階が店舗、その上層は住民の家になっているようだ。
基本的に一世帯一軒の家、というのが当たり前のような世界で、マンションやアパートのようなシステムが導入されているのは違和感があるが、効率的だ。
おそらく国も広いが人口も多いんだろう。
街並みは、道までしっかり舗装されていて、馬車だけでなく路面電車じみたものまで走っている。
ルークが手をあげるとそれが目の前に停止し、「さぁ、これに乗って下さい」と俺達を促す。
入り口に扉は無く、遊園地とかでゆっくり園内を一周するバスみたいな感じ。
「あ、気が利かずすいません……!」
ルークがラムの車椅子に気付くが、「別に問題ないのじゃ」と言いながらふわりと浮き上がってバスに乗り込む。
運転手は驚いていたが、ルークはもはや苦笑いをするしかなかった。
乗り込むと席が二つずつ並んでいて、先ほどは路面電車のようだと思ったが、やはりどちらかと言えばバスに近い。
「この街には地面に魔力の導線が埋め込まれていて、その上をなぞるように走るルートバスが導入されているのです」
名前からして思いっきりバスじゃねぇか……。
「実はこのバス……」
「分かってる。建築技師タチバナのアイディアだろ?」
「おお、さすが同郷、分かるものなのですね!」
ルークの話によると、街が広いためこういう乗り物があったら便利だ、というタチバナの意見を元に魔法技師達が運用法を考えて地面に魔力導線を引く形にしたらしい。
勿論地面に導線的な物を埋め込めばいいのでは? と意見を出したのもタチバナ。勿論ネーミング案もタチバナ。
こりゃ間違いないわ。日本人かどうかはともかくそいつは間違いなく前世の記憶を持ち合わせている。
バスには決まった停留所は無いらしく、住民なら誰でもいつでも無料で乗り降りする事が出来る便利な仕様だ。
十五分くらい街を眺めながら進むと、一際大きな建物が視界に入ってきた。
「あれが防衛隊の宿舎です」
防衛隊宿舎前で降り、入り口の警備にルークが一言二言話をするとあっさりと敷地内に入る事が出来た。
学校のグラウンドのような広さの訓練所があり、防衛隊員達が汗を流している。それをぐるりと囲む形で宿舎が建てられていた。
「こちらへ」
案内され宿舎の入り口まで行くと、まるで病院の総合案内みたいな受付があり、そこでもルークが話をつけてくれた。
打ちっぱなしのひんやりした廊下を通り、広い部屋へと通されしばらく待っているようにと告げるとルークは出て行ってしまう。
「なんだかすごい所ですねぇ……」
ネコはあまり見慣れない雰囲気の場所に閉塞感を覚えたらしく耳をぴこぴこしながらあたりを見回している。
バンッ!
「やぁやぁ君達が噂の凄腕冒険者達だね? 歓迎しようじゃないか。ようこそ我らがシュマル防衛隊へ!」
勢いよくドアを開けて爽やか好青年が入室。
それはいい。それはいいんだけど、後ろにくっついて来た女性がこちらを物凄い剣幕で睨んでるんですがそれは?
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