第267話:母乳。


 まったく……少しでも悪いと思ってしまったのがバカみたいだ。

 やはりネコへの対応は今まで通りで良い。


『うーん、もうちょっとだったのに』

 お前は何を企んでやがるんだ畜生め。


『少しでも君に幸せになって貰おうと思っただけよ』

 それを本気で言ってるのなら大したもんだよ。


『まぁいいじゃないの。あれを見てごらんなさいよ。まるで奥さんと子供って感じに見えてこない?』


 俺達は今レイバンのギルドに向かう途中だった。転移で街の前まで来て、そこから露店などを眺めつつ、というところだ。


 ママドラが言ってるのは、あちこちきょろきょろと見回しているティアの事じゃなくて……。


 車椅子を押しながら優しく微笑んでいるネコと、明るい笑顔を振りまいているラムの事だろう。


 確かにああやっていると本当に親子のようだ。


 母親、というにはネコは少し若いが、有り得ない程という事もない。


『君がもう少し勇気を出したらああいう未来が待ってるかもしれないのよ?』


 ……それは、悪くない。


 悪くないが、はたしてネコがまともな母親になれるのだろうか?

 ママドラでも母親やってたんだから何とかなるのかもしれないが。


『ママドラでも。っていうのは聞き捨てならないわね……』

 待てよ? よく考えたらママドラはほとんど育児なんてしてなかったんじゃないか? イリスは呪いで寝たきりだったわけだし。


『な、何を言ってるのよ。生んでから呪いが発動するまではちゃんと育ててたし母乳だってあげてたんだからねっ!?』


 ……母乳……?


 ふと記憶の彼方に薄れていたママドラの容姿が頭に蘇った。


『……君、この前私の見た目なんて忘れたって言ってたわよね? 思い出すきっかけがそれっていうのはちょっと……』


 いやぁ、なかなか立派な物をお持ちでしたからね。


『はぁ、君って私に対してはそれだけ開き直ってるのになんで他の子に対してできないのかしらねぇ?』


 自分じゃないからだ。

 ママドラはもう俺なんだろ? だから一人の女性としてカウントしてないんだよ。


『もしかしてちょっといい話なるのかなと思ったらディスられたわ……』


 まぁそんな事はどうでもいいからギルドへ急ごう。


 後ろの方ではティアが果物を値切って、買った物をその場で齧っている。

 ネコとラムは何の話をしているのか分からないがなんだか楽しそうだ。

 ラムの顔が真っ赤になっているのでまた良からぬ性知識でも教えているのかもしれない。


 見なかった事にしよう。ああいう時に割って入るとこっちまで火傷するからな。


『ラムちゃんを見捨てるの……?』

 あの子はああいう反応も可愛いからいいの。


『思ったより酷い反応……』


 そんなこんなで俺達は思ったよりも時間をかけてギルドへ到着。

 のんびりしていたせいで面倒な事が起きていた。


「もしかして隠しているのですか?」


「い、いえそういう訳では……」


 背が高く、線の細い木の枝みたいな体形の男がニームを問い詰めていた。


「ゲルッポ湿地帯に行ってるなんて話を信じると思ってるんですか? あそこにはエリマキワニガエルの突然変異体であるエリマキワニガエルザウルスが異常繁殖しているんですよ? たった四人で何をしに行ったというんですか!」


 ……え、っと?

 エリマキワニガエル……ザウルス??


 チラリとティアの方を見ると、額に汗を浮かべてぶるんぶるんと頭を横に振った。


 こいつ……変異種だって知らなかったな?


「あはは、どーりで。デカ過ぎるなぁとは思ってたゾ? うん、気付いてた気付いてた!」


 別に問題無く討伐出来たんだからいいけどさぁ……というかこいつが生きてた時代には変異種なんていなかったのかもしれないな。


 ……で、結局このひょろなが野郎は誰なんだろう?


「ほ、ほらもう皆さん帰ってきましたよ!?」


「そんな馬鹿な話が通用すると思ってるんですか? 出発は昨日と聞きましたよ? だとしたらこんなにすぐ帰ってくる筈がないです。それともやはりゲルッポ湿地帯に行ったなどというのは嘘だったのですか!?」


 なんだこいつ……騒がしい奴だな。


「ミナトさん、この人に説明してあげて下さい……全然信じてくれなくって……」


 ニームが困り顔で俺に助けを求め、ひょろなが野郎はクルっと振り向き俺を睨みつけた。


「……貴女がミナト・アオイですか?」


「そうだけど? お前は誰なんだよ。まず名を名乗れや」


「……この人が本当に凄腕冒険者なのですか……?」


 男は俺の頭からつま先まで訝しそうに視線を往復させていた。

 気持ち悪いからやめてほしい。


「聞こえなかったのか? お前は誰だ名を名乗れ」


「……私を知らないのですか? 私はルーク、このシュマルの防衛大臣です」


 防衛大臣だぁ……? 本当に日本みたいな事言い出しやがったな……。

 ギルドとかファンタジー要素満載の国で防衛大臣とか言われると違和感しかないんだが。


「で、その防衛大臣様が俺に何か用か?」


 これはもしかしたら引っかかったか?


「このギルドにとんでもない冒険者が居る、という噂を聞きつけてやってきたのですが……まさかこんな女子供のパーティとは」


 何も知らないって事は幸せだよ。


「周りの冒険者連中の顔を見てみな。お前さんがどれだけアホな事を言ってるかがよく分かるぞ」


「なんですって……? ふん、どうやら有象無象達からは信頼が厚いようですね。それで? 湿地帯へ行ったはずの貴女達が何故ここに居るんです?」


「ミナトさん言ってやってください!」


 ニームが何やらガッツポーズして俺を煽ってくるので期待に応えてやる事にした。


「勿論ゲルッポ湿地帯の魔物どもを全部片づけて帰ってきたところだが? それが何か問題でも?」


 ルークの両目がぐわっと広がる。糸みたいな目をしてるくせに開くと結構大きくて気持ち悪い。


「ば、馬鹿げたことを……」


 そうそう、その顔が見たかったんだよ。

 それは他の冒険者やニームも同じだったようで、皆揃ってニヤニヤしていた。



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