第258話:ホタルの記憶。


「……えへ♪ 今日はこれで我慢する。これ以上少しでも何かしたらもう自分を止められる気がしないから。多分泣いて許してって言われても止まれないと思うし」


「……くっ、どんな反応が正解なのかわからん……!」


『一応聞くけどそれって心の声じゃないの? 表に出てるけど平気?』


「はっ」


「おやおやおや~? もしかしてミナトはもっとしたかったのかな~? もしミナトが私を選ぶって言うんだったら今すぐなんだってしてあげちゃうんだゾ?」


「……う~っ!!」


 俺だって我慢の限界ってもんがあるんだぞ? ネコが本妻扱いなのも気に入らないし誰か一人に決めてしまうのも悪くは無いか……? いやしかし女をそんな簡単に信じてもいいものだろうか? その後大変な事になったりするんじゃないだろうか? でもティアは可愛いし何より話しやすいし何かそれだけじゃないような不思議な感じもするんだよなぁ。


「うぅ~ん……」


「あはは♪ ミナトがそこまで真剣に悩んでくれたのが嬉しいんだゾ♪ からかってごめん。本当に今日はこのくらいにしておくから許して」


「はぁ……出来ればあまり俺を弄ばないでくれる? これでも中身は健全な男子なんだわ」


 ママドラにしか言った事がないような事もこいつには言える。不思議な感じ。


「えへへ♪ ネコちゃんが聞いたら喜びそうな発言だねぇ……でもそれってガンガン押せば私も脈ありって事かなぁ? やる気出てきちゃったゾ♪」


「いい加減にして……」


 その時、ふとあたりに不思議な光が沢山浮かび上がった。


「な、なんだこれ!?」


「あっ、これこれ! これを待ってたんだゾ♪」


 ティアが外に居たのはこれを見たかったかららしい。

 小さな、それでいて結構な強さの光がふわふわとティアの周りを浮遊する。


「私虫嫌いだけどこれだけは平気なんだよね。やっぱり綺麗だからかなぁ?」


 ……虫?


「ホタルか!? うわ、懐かしいな……俺の知ってるのより光が強いけど」


 よく見ると確かに虫が飛んでいるような軌道だった。

 水場からはちょっと離れているので不思議だが、もしかしたら俺の知ってるホタルとは生態が違うのかもしれない。


「ホタル懐かしいなぁ。昔もこんな事があったような気がするんだよね」


 ティアがホタルを見つめて微笑む。


「俺も子供の頃に水辺で見たなぁ」

「私もそう。……よく覚えてないんだけど、昔の思い出ってやつだゾ♪」


 覚えていない程昔の事なんだろうけど、そういう小さい頃の思い出って意外と頭に焼き付いてたりするもんなんだよな。


 俺も、ある程度大きくなってからはホタルを見る機会も減ってしまったけれど、というかホタル自体があまり居なくなってしまったんだけど……。

 小さい頃は河原に行けばホタルが居た。

 あまりに日常的にホタルが見れるもんだからありがたみなんて全く感じなくなっていたけれど、いつだったか……強く印象に残っている日があったような気がする。


 なんだ? 何か思い出しそうな……。


〈ほんとに? 私……美人になれるかな?〉


 う……、何かがうっすらと記憶の中に浮かび上がる。

 小さな女の子。

 川。

 ホタル。

 ずぶ濡れの二人。


〈俺が保証するよ! 十年後にはめちゃくちゃ綺麗になってるって♪〉


 おい、まさか。


〈嬉しい……私、初めて誰かに認めてもらえた気がする……〉

〈泣くなって、もう死のうとなんてするなよ? ほら、風邪引くぞ? 早く家に帰った方が……〉

〈まだ帰りたくないの。帰っても居場所ないから……ねぇ、もっと近く行っていい?〉

〈う、うん……〉

〈あったかい……人の肌って、こんなに暖かかったんだね……〉


 ……そうだ。思い出した。

 暗くなってきた頃、橋の上から飛び降りた少女を助けようと俺も橋から飛び降りて、川岸に上がった時だ。


〈あ、ホタル……〉

〈この辺はいつもホタルが飛んでるんだよ。いつもは気にもしなかったけどこうやってみると綺麗だよな〉

〈……うん〉


 畜生、俺の中に焼き付いたホタルの記憶って……完全に小さい頃のキキララとの思い出じゃねぇか。


「……ナト、ミナト? 聞いてる?」


「えっ、あぁ……すまんちょっと考え事してた」


「どうしたの? 難しい顔して」


 よほど俺は酷い顔をしていたらしい。

 俺の顔を覗き込むようにティアの顔が接近していた。


「元気だして。ちゅっ♪」


「ばっ、おま……はぁ、怒る気も失せたわ」


 どうやら気を使わせてしまったらしい。


『キス一つで手玉に取られるなんて情けないというかなんというか……』


「どう? 元気出た?」


「……ああ、おかげ様でな」


 実際突然の事に頭が真っ白になってどんよりしていた気持ちやキキララとの事なんてどっか行っちまった。


「ちょっと昔の事を思い出しちまってさ。いい思い出のような、悪い思い出のような……複雑なやつをよ」


「あー、そういうのってあるよね。私は小さい頃の事ってあまり覚えてないけど、思い出したくない記憶も結構あるし、なんで思い出しちゃったかなぁって後になって後悔する事もあるし。最初の話しに戻るけど私って今どういう状態なんだろうなって考えだすときりがないしさ。考えないようにはしてるんだけどね」


「ティア……」


「ちょっとヤダヤダ、そんな顔しないでよ。私は今とっても幸せなんだゾ♪ いろいろ気になる事とかはあるけど、そんな事よりも今を楽しく生きる事に集中したいかな。ミナトと一緒ならきっとこの先も楽しいしね☆彡」


 ホタルの明かりに照らされながら笑うティアは……悔しいけど本当に綺麗だった。


 願わくば俺の頭に焼き付いているホタルの思い出ってのが今この瞬間で上書きされてほしい。



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