第257話:ミナト君の天敵。


「冗談はさておき」


「冗談だったのかよ」


「えへへ~どうだろね。ご想像にお任せなんだゾ♪」


 分らん。本当だと言われてもこいつなら有り得ると思うし、嘘だと言われればそりゃそうだろうなと思えるような内容だ。


 こいつが俺に対してどこまで本当の事を話しているのか、その表情から読み取ろうとしたけれど……。


「どうしたの? そんなじっと見つめちゃって……あっ、そういう事か、ごめんね気付かなくって……」


 とか言って目を瞑って明らかにキス待ち顔しやがったのでそのまま放置した。


「……ミナトくんの意地悪。据え膳食わない男は嫌われるんだゾ?」


「生憎と今の俺は女なんでね」


「私は女でも美味しく頂けるゾ?」


「お前の場合女専門だろうよ」


「失敬な!」


 急に怒りだしてびっくりした。


「突然でかい声出すな驚くだろうが」


「失礼な事言うからだゾ!」


 ティアは身を乗り出して俺の額を人差し指でつついた。


 やっぱりこいつが分らん。

 こいつにとって何が平気で何が地雷なのかの境目が見当つかない。


「私は女の子専門じゃなくて好きになった子がみんな女の子だっただけなんだゾ!?」


 ……やっぱりさっきの刺された話は本当かもしれんなぁ。


 それと気安く人のおでこをつついたりするないろいろ勘違いするだろうが。

『この子の場合は百パーセント勘違いじゃないけどね?』

 だから問題なんだよ。

 これ以上直接的に女の子女の子した態度でアピールされると俺の身がもたんのだ。


『……君も難儀な性格ねぇ。難しい事考えないで美味しくいただいちゃえばいいのに』


 俺がそんなふうに勢いだけで間違いを冒す事があったとしたらそれはもう自暴自棄になった時だけだよ。


『ふーん、とにかく君は押しに弱い、っと』

 今の話のどこがそんなふうに聞こえたのかな?


『実際押して押して押しまくればそのうち何も考えられなくなって身を委ねちゃいそうな気がするわ』

 ……絶対に無い、と言い切れない自分が怖い。


「だから別にミナトが男の子に戻ったとしても私はミナトの事が好きなんだゾ♪」


「お、おぅ……そりゃどうも」


 ティアは俺の方へさらに身を乗り出し、腕に絡みついてきた。

 胸に俺の腕が挟まれるような状態になる。


 うわっ、やらけーっ!

『君って人は……』

 この状況で何も思わん奴は男じゃないんだってばよ!


『君ってテンパると言葉遣い変になりがちよね』


「あ、あの、その……ティア……さん?」

「なぁに?」


「そ、その……何と言うか、ち、近い」

「照れてるの? 今更なんだゾ♪ ミナトと私の仲じゃないの♪」


 ティアは更にぎゅっと俺の腕に胸を押し付け、逃げようとする俺に伸し掛かるようにぐいぐい来る。


「逃げちゃ、ダメ」

「お、おいっ……!」


 無理矢理引きはがそうとしたらその腕を掴まれて逆にそのまま押し倒されてしまった。


『……初めては女の子同士だったわね、私静かにしてるから頑張ってね』

 その気遣いが辛い!!


「ま、まてティア、考え直せ!」


「……ミナト、何を待てって言うのかな?」


 ダメだこいつ目が据わってる……!


「話し合おう! ちゃんと話せば分かりあえるはずだ!」


「まだそんな事言ってるの? 今更ここまで来てうやむやにするのは許されないんだゾ?」


「う、うぅ……」


「覚悟はできた……? 大丈夫、痛くしないから」


 だ、ダメだ……抗えない……!


「ミナト、震えてるよ? 怖い?」


「せ、せめて……優しくして……」


 もうダメだ。ついに俺はここで……。

 覚悟を決めてぎゅっと目を瞑り、身をゆだねる。


「……っ」


 ティアは何もしてこなかった。

 というか、小刻みに震えだし、その振動がこちらにも伝わってくる。

 何が起きたのかとうっすら目を開いてみると……。


「……っ! ……!!」


 ほっぺたが破裂するんじゃないかというくらい膨れていて、涙がこぼれそうなくらい瞳を潤ませていた。


「お前、俺をからかいやがったな……?」


「ぶほーっ! ダメだ、もうダメ我慢できないミナトってば可愛いがすぎるでしょ!! たまらん!!」


「ふざけやがって……俺の覚悟を返せ!」


 本当に一線超えてしまうと思って覚悟を決めたのに。

『ぎゃははははは!!』

 ママドラはさっきくらい俺に気を使ってくれませんかね!?


『これは……ティアは完全に君の天敵ね♪』

 勘弁してくれよほんとに……心臓がいくつあっても足りないぜ。


『大丈夫よ、君の中に命なら百万人分あるんだから』

 心臓は一つだけどね!


「だって……私だって本当ならこのまま押し倒して無理矢理好きにしてやりたいけど、抜け駆け禁止協定があるから仕方ないんだゾ♪」


「なんだよそれ……みんな勝手すぎるだろ……」


 乙女……ではないけれど純情が汚された気分だ。


「私達は本妻のネコちゃんがまずミナトと一線超えるまでは手を出さないって事になってるんだゾ」


 ……それは初耳だぞ。というかなんでネコが俺の本妻扱いになってるんだよ……!


『それは客観的に見た事実ってやつよ。誰がどう見てもそうだと思うわ』

 不本意すぎる……!


「だから今はまだ……これくらいで許してあげる」


「だから近いって、俺をこれ以上弄ぶのはやめ……むぐっ!?」


 また俺をからかうつもりなのかと思っていたらそのまま顔を近付けてキスしやがったこいつ。


 唇やらけぇな。

『君……さすがにその感想はちょっと気持ち悪いかな……』


 健全な男子なんだって何回言えば分かってくれるの!?


『とりあえず君がむっつりでヘタレで総受けって事だけは理解したわ』


 ……俺の記憶の中から妙な知識を吸収するのやめてって言ってるじゃん。



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