第259話:愛はミナトを殺す。


「ごしゅじーん、ねぼすけさんですかぁ?」


「うぅん……」


 頭いてぇ……。


「ごしゅじんってばー。もう、起きないなら襲っちゃいますよぅ?」


「はぁ……」


「襲っちゃいますね? いだいっ!」


 俺の布団をまくり上げて、そろりと手を這わせてくるネコの脳天にチョップ。


「起きとるわいボケ。昨日あまり寝られなかったんだから朝からカロリー使わせんな」


「でもぉ……もうみんな起きて準備完了してますよぅ? ごしゅじんが寝坊なんて珍しいですけどどうかしたんです?」


「あぁ……もうそんな時間か。すぐ準備して行くから待っててくれ」


「うにゃ、了解ですぅ♪」


 寝ぼけた頭でベッドから起き上がり、寝間着を脱いで着替えて……。


「おい、お前なんでまだ居るの?」


「着替え終わるの待ってるんですぅ」


「いや、だからなんで俺が着替えてるのにそこに居るのかって聞いてるんだけど」


「眼福ですぅ♪」


「出 て 行 け !」


「ぎにゃーっ!」


 部屋に居座ろうとするネコを無理矢理部屋から放り出す。


 まったく、俺が頭ぼけーっとしてるのをいい事に好き勝手しやがって……。


『もう少し寝たふりしてたらいい思い出来たかもしれないわよ?』

 そういうのはいいって……なんか昨日のティアの話聞いてたらまた女性不審が……。


『そんな事言ってたらいつまでも幸せになれないわよ? それに君が女性不審なのってティアの話よりも……』

 言うな、分かってるって。


 俺の中に刻まれて消えてくれない記憶。

 異常なほどに強い愛の言葉を囁きながらも俺の自由を奪い……包丁を突き立てかき回したあの女。


 俺の女性不審……というか恐怖症というか、女性に対して踏み込めないのは間違いなくあいつのせいだ。


 昨日聞いたティアの話が本当だとしたら尚更この感情に確信を得たような気さえする。


 強い愛情は時に殺意に変わる。

 好かれるのは嬉しい。俺だって何も思わない訳じゃないし心揺れる事だってある。


 だけど、俺に向けられている好意がいつ殺意を含んだ物に変わるかは誰にも保障出来る事じゃない。


 なにせ俺の周りには恐ろしく強い女ばっかりなんだから。


 今更包丁を突き付けられた所で俺の身体を貫く事は出来ないだろうけれど、例えばネコ。


 あいつはもう六竜と同化している。

 その気になれば俺を殺す事くらい出来るだろう。


 そしてティア。

 ある意味俺が一番心を許しているかもしれない奴だけれどあいつは元勇者でレベル80超えのとんでも無い奴だ。

 勿論俺を殺す事くらい訳ない。


 ラム。

 別にラムが俺に対してどの程度の好意を持ってくれているのか分からないけど、彼女の力ならば俺を殺す事くらい出来るだろう。


『被害妄想が酷い』


 分かってるって。それに殺す事が出来るってだけで、奴等がそんな事するとは思ってないよ。

 ただいつだって女は怖いって漠然とした感情が頭をチラついちまうだけなんだってば。


 そう、男にたぶらかされて恋人を崖から突き落としてしまうくらいには、人の感情なんて簡単に揺らいでしまうもんだからな。


 全部をキキララのせいにはできねぇな……。

 エリアルの事も間違いなく俺の中にトラウマとして残っている。

 アドルフを恨む事でかき消してきたつもりだけれど、思い出せばやはり手が震える。


 俺を脅かす事が出来るかどうかだけの話を

 するならアリアだってマッスルコンバージョンと新しい力を駆使すれば俺が寝てる時に首を切り落とすくらいは出来るだろうし、レナだってなんだかんだ言って英傑なんだからどんな手段を持っているか分からない。


 俺が彼女らを裏切ったり、辛い思いをさせる事が有れば、もしかしたらそういう未来も起こる事があるかもしれない。


『間違いなく杞憂だと思うけど……』


 だから分かってるんだって。

 可能性の話をしてるだけさ。

 その点なんの心配もいらないのはそれこそポコナくらいだ。


 あいつが俺を殺せるほどの力を手に入れるとは思えないし毒に頼った所で俺にはきかないし。


 ……あぁ、でもポコナにはロリナっていう恐ろしいガーディアンがついていたっけな。


『君さ、何か逃げ場探してない?』


 ……ちょっと疲れてるんだと思う。

 イリスの事もあってさ、ネコに泣きついて弱みを見せちまった事も含めて……。


 何かこう軸みたいなのがへし折られた気分なんだよ。

 支えが欲しくなっちまったんだろうな……。


『いいじゃない。みんなに頼りなさいよ』


 頼りになる奴等だし信じてるさ。


『だけど完全に自分の心を預けるのは怖い……』


 ……その通りだよ。

 結局俺なんて昔のトラウマを理由に逃げてるだけのヘタレなんだ。分かってるさ。


『でもそろそろ本気で誰かにもたれかかってもいいと思うわよ? 無責任な事言うようだけど、君に関わっている子達はみんなしっかり地に足をつけてるし、君くらい支えられるわ』


 ……分かってるんだって。それこそ、俺が泣きつけばみんな助けてくれるのは分かってる。

 心配してくれるだろうし支えようと必死になってくれるだろう。


 だけど……俺からまで強く愛情を向けちまったらそれこそもう引き返せないし、最悪の未来にほんの少し近付く気がして……。


『怖がってても何も変わらないわよ? 逆に怖がって何もしない事で失われる事もあるかもしれないって分かってる?』


 ……そう、なのかもしれないな。


「ごしゅじーん! まだですかぁ?」


『ほら、君の本妻が待ちくたびれてるわよ?』


 本妻って言うな。


 ……でも、確かにネコならきっと俺の全てを受け入れてくれるんだろうな。

 大森林での夜みたいに。


 部屋を出た俺を笑顔で迎えてくれるネコの底抜けに明るい笑顔は、とても直視できるものじゃなかった。


 俺が皆に対して感じている不安や懸念は、きっとそれだけで裏切りみたいなものだ。


 そう思ったらとてもじゃないが、その顔をまっすぐ見る事が出来なかった。



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