第241・5話:愚かな男の末路。(ダンゲル視点)


「僕は、何をすればいい?」



 僕は悪魔に魂を売った。

 僕がどうなろうと知った事じゃない。

 もうそれはいいんだ。


 だけど、ラムちゃんだけは……彼女だけはこんな所で死ぬべきじゃない。


 あのミナトって女は相当強いらしいが、どう考えてもラムちゃん以上という事はないだろう。


 彼女はあの年で数多の魔法をマスターしている。

 エルフが虐殺された日以前から、ずっと修行に励んでいた。

 オババ様から受け継いだ天性の魔力。

 そして魔力の精密なコントロール。

 世界広しと言えど彼女以上の魔法使いは存在しない。

 自信を持って言える。


 だけど、それでもランガム教全てを相手にするなんてできる筈がない。

 ただ殺すだけならきっと出来るだろう。


 だけどあの子は揺らいでしまった。

 今の彼女はもう無敵の魔法使いでは無い。


 無敵の魔法使いの力を持った普通の少女だ。


 このままではきっとどこかで痛い目にあうだろう。

 今まではレジスタンスが壁になってくれていたけれど、もうそれも居ない。

 ヨーキスだけじゃ守り切れない。

 勿論そこに僕が加わったとしても何の意味も無い。


 本来ならラムちゃんが大神殿に乗り込むの自体を止めなければいけなかったんだけれど、僕が止めたところで彼女は納得しなかっただろう。

 僕の言葉には説得力という物が欠如している。


 それだけ今まで適当に生きてきたという事だ。

 全ては自業自得。


 だからこそ、僕はどんな無茶苦茶な事をして誰にどれだけ迷惑をかけ、他が何人が死のうとも彼女だけは助けられる方法を選ぶ。


 そして、僕なんかに出来るのは悪魔に魂を売る事くらいだった。



 ギャルンという能面男に指示された通り、いつものようにヘラヘラと笑いながらラムちゃんの家へ戻る。


 そこにはヨーキスと、レナという少女、そして……あのイリスが居た。


 ヨーキスは僕に対してぶつぶつ文句を言っていたが、昔からのよしみというやつだろうか。暴言を吐きながらもお茶を用意してくれたりした。


 その優しさが辛い。


 レナという少女は僕に対して全く興味が無いらしく、少し運動してくると言って家から出ていった。


 イリスという少女は、エルフの僕にそれなりに興味を持ってくれたみたいであれこれと質問攻めにしてきた。


 少し話した感じだと、とんでもない世間知らずの馬鹿な子という印象だ。


 ギャルンが何故このイリスという少女に固執するのかは分からないが、何かしらの理由があるのだろう。


 チャンスは今しかない。

 ヨーキスは湯飲みを洗いに行っている。

 レナは外へ。

 そしてイリスは僕の話を素直に聞いてくれている。


 ランガム大森林がまだベルファ王国という国だった頃の話、豊かな緑、動植物、不思議なモンスターなどなど、僕の話に目を輝かせていた。


 不憫だとは思う。

 だが、悪いとは思わない。

 僕には僕のやるべき事がある。


「そうだイリスちゃん、ベルファ王国に伝わる不思議な石があってね、満月に照らすと虹色に輝く石なんだ」


「へぇ~! すっごいね! 見たい見たいっ♪」


「生憎とここはいつも昼間だからね、後で満月の日に翳してみるといいよ。はい、あげる」


 適当な作り話をしてギャルンから預かっていた物をイリスに渡す。


「ペンダントになってるから首に付けておくといいよ」


「くれるの!? ありがとー♪ ダンゲルって優しいエルフなんだね♪」


 ……優しい、か。


「ごめんね。僕は優しくなんてないよ。ラムちゃんさえ無事ならそれでいいと思ってる」


「そうなの? でもラムちゃんの事は想ってるって事だよね。やっぱり優しいと思うよ♪ まぱまぱ以外に物貰うの初めてだから大事にするね☆彡」


 ……この子は、疑うという事を知らないんだろうか。

 ギャルンがこの子の事を【殺意や悪意には敏感だが貴方なら大丈夫でしょう】と言っていた。

 話してみた今ならその理由がよく分かる。


 確かに僕はこの子に対して悪意も殺意も持ち合わせていない。

 ただただ、ラムちゃんを守りたいと願っているだけだ。


 ……準備は出来た。


 レナの様子を見る為にドアを開けると、少し離れた所でトレーニングをしていた。

 あの距離ならば大丈夫だろう。


「ダンゲル、何してるんだお前」


 外を眺めていると背後からヨーキスに話しかけられた。


「ん~? ヨーちゃんこそもう洗い物は終わり?」


「ヨーちゃんって呼ぶなというに……まぁいい。そう言えばお前どうして戻ってきたんだ? そのまま逃げた方が楽に暮らせたかもしれないぞ」


「まぁ僕にもいろいろ思う所があってね。やっぱりラムちゃんを放っておけないしさ」


「ボスを心配して戻ってきたのか? お前は昔からボスの事が好きだからな」


 ……そうだね。あの子は僕の妹みたいなものだ。必ず、守らなければ。


「ヨーちゃん、今までちゃんと言えなかったけれど、こんな僕を今までラムちゃんの傍においてくれてありがとう」


「な、なんだよ気持ち悪いな……」


「純粋に感謝してるんだ。それと……ヨーちゃん、本当に……ごめん」


「だからいったお前は何をいっ……て、……え?」


 短剣をヨーキスの腹部に深く突き刺し、体内で捩じりながら引き切る。

 きっと、助からない。


「お、おま……な、に、を……」


「ごめんヨーちゃん。ラムちゃんを守るためなんだ。彼女の無事を確認したら僕もすぐに行くから」


「……、……」


 ヨーキスが無言で僕を睨み、そして動かなくなる。

 床には綺麗な赤が広がっていった。


「……何してるの?」


 ぞくり。


 ヨーキスの様子を見たイリスが、とても少女とは思えない殺気を放つ。


「ねぇ、何してるのって聞いてるんだけど」


 彼女は一歩また一歩と僕に近付いてくる。


 僕はその圧に押されて家の外に転がり出た。

 イリスも僕を追いかけるようにゆっくりと歩いてくる。


 殺される……!


「ギャルン! 言われた通りにやったぞ!!」


 僕が叫んだのと同時に、レナがこの事態に気付いて部屋の中を見る。


「ヨーキス! ……ダンゲル、お前がやったのか!?」


 僕は逃げ出していた。

 レナが怖かったんじゃない。


 イリスという少女が恐ろしかった。


 すぐにレナは僕に追いつき背後からわき腹を刺された。

 怖くなかった。あの少女に比べればこんな刃物なんてどうという事はない。


 刺されても気にせず走る。


 すると、ギャルンがあの石を通じて何かをしたらしい。


 イリスが恐ろしい声をあげ、頭を抱えてのた打ち回った。

 レナは彼女を心配してイリスの元へ駆けていく。


 僕はその間にその場から距離をとった。


 ……まさか、イリスが目の前であんなに巨大で恐ろしいドラゴンに変貌するとは思わなかった。


 彼女の吐いたブレスは一直線に森を突き抜け、大地を抉り、溶かし、無に変えてしまった。


 ギャルンは、僕に……なんて恐ろしい事をさせたんだ。





 そしてミナトちゃんが教祖を倒して無事に帰還した。


 ラムちゃんも無事らしい。


 僕のやった事は全て無駄だった。

 それどころか、イリスちゃんを、あんな事に……。


 ギャルンが去った後、どこからともなく現れた獣人の女の子を連れてミナトちゃんはその場を後にした。

 僕には全く、目もくれなかった。


「待って! お願い。ラムちゃんを……」


「そんな事は分かってる! 殺されたくなかったらどこへなりとも消えろ!」



 ……そうか、彼女に任せておけばラムちゃんはもう大丈夫らしい。


 だったら、これだけの被害を招いた僕がこのままここに居てはラムちゃんに迷惑がかかる。


 彼女の未来に僕という存在は邪魔でしかない。


 さようなら、ラムちゃん。


 先に行くね。

 願わくば、君は出来る限り長い時を、幸せに暮らしてね。


 そして僕の居る所には来てはいけないよ。


 きっと僕の行く場所は……。



 地獄だから。



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