第232話:女心と笑いの限度。


「ぐえっ」


 ガングの部屋を出るなりラムが俺の脇腹にパンチしてきた。


「このっ、このっ、このっ!」


「やめろって、おい、ラムちゃん、悪かったから!」


「レディの下着を覗いておいてよくもそんな事が言えたもんじゃな!」


「いや、今のその姿ラムちゃんじゃないし問題無いだろ?」


『あちゃー』

 え、何? ダメなの?


 ラムも目を丸くして俺を見上げる。


「このっ! このっ!!」


「いででっ」


 何故かラムは先ほどよりも強い力で俺の脇腹を小突き続けた。


「じゃあミナトが見てきたのはこの姿だったからという事なのじゃな! よーく分かったのじゃっ!」


 ごすっと今までで一番強い衝撃が脇腹に走る。

 別にダメージは全くないけれど……腑に落ちない。


 何がダメだったんだ……。ラムのを見たって訳じゃないじゃないか。


『君は女ごころが全く分かってないのよ……仕方ないから優しく教えてあげるわね?』


 お、おぉ頼むわ。


『まずミナト君がパンツを覗く』

 別に覗いた訳じゃ……。

『だまらっしゃい。……で、ラムちゃんはミナトに見られた! って恥ずかしがるわよね。正直どんな姿になっていたとしても今の自分がそれなんだから恥ずかしい物は恥ずかしいのよ』


 ……そんなもんかぁ?


『君だって女の姿になった時どうだった?』


 あぁ確かに見られるのは嫌だったけど……。でも俺のアレは何か違うんじゃねぇかな。今じゃこの姿で生きる羽目になってるしよ。


『君の場合はこの姿に慣れちゃって自分からおしゃれとかし始めてるくらいだから完全にもうそっちの人なんだけどね』


 そっちの人って言い方やめてくんない?


『で、第二段階』

 まだあるのかよ。


『ミナト君が自分に興味あるんだ……って思ってたラムちゃんに君はなんて言ったか分かる?』


 ……ラムの姿じゃないから問題無いだろ……?


『それ。恥ずかしがりながらも、君が自分に興味あるんだって思って喜んでた所でその発言よ。君が興味あったのはラムじゃなくてこの教徒の身体だったんだ! ってね』


「ま、待て! それは違う!」

 思わず声に出してしまった。


「何が違うんじゃ……」


『おぉ、なかなかに重みのある圧がきてるわよ?』


「あ、あのなラムちゃん、落ち着け。お前は勘違いをしている」


「だから何がじゃ……言うてみぃ」


「だからだな、俺が興味あったのはそんな教徒の身体じゃなくてラムちゃん本人なんだよ!」


「……ふぇっ?」


 ズザザ……と少しだけラムが俺から距離を取る。


「お、おい……なんで逃げるんだよ」


「教徒の身体、じゃなくて儂の……? ミナト貴様、わ、儂にそんな劣情を抱いておったのか……?」


「え、ちょっ……! それは無い、有り得ないからっ!」


「有り得んと言い切るほど儂の身体は魅力ゼロだと言いたいんじゃな!?」


「なんでそうなるの……?」


『諦めなさい。どう転んでももう詰んでるわ』

 理不尽過ぎる……!


 更に俺から距離を取るラム。


『君って人は本当に追い込まれるとワードセンスが最悪になるのね。こっちからしたら面白くて最高だけれど』

 俺の何がいけなかったって言うんだ……。




 それからという物ラムが微妙な距離を保ち続けていて俺は少し寂しいです。


『自業自得ってやつなのよ』


 納得できん……。


 微妙に間隔をあけて後ろからついて来ているラムの方をチラリと振り向くと、立ち止まって歩みを止める。

 距離を詰めようとはしてくれないのが辛い。


「なぁラムちゃん、いろいろ誤解されてる気がするんだけど……」


「う、うるさいのじゃ早く進むのじゃっ」


「怒んないでって。俺はラムちゃんも可愛いと思ってるぞ?」


「もってなんじゃもって! やっぱりお主この身体の主の事が気に入って……」


「いやいやなんでそうなるの……今のその外見にはまったく興味無いって」


 それは本当なんだけどなぁ。


「だったら何故あの時パンツ見てきたんじゃ!」


「まずそれ自体が誤解なんだけどなぁ。見たんじゃなくて見えた、が正しい。俺はラムちゃんだから下着が見えちゃいそうな動きしてるのが気になっただけだよ」


「儂だから気になった……か、ふむ。そうか……」


『ミナト君、君ね、今また勘違いされてるわよ?』

 今ので何がどうなったら誤解されるんだよ。


「ではミナトは儂に気があるんじゃな?」


「えっ……」


「……違うのじゃ?」


『ここは大事な所よ? 下手な事言ったらもうずっと距離開けられたままだからね!』

 えぇ……そんな追い詰めないでくれよ……。


「気があるっていうか……俺は、そうだなぁ……ラムちゃんの事好きだぜ?」


「う、うむ……そうか」


『……っ……っ……』

 何その嗚咽みたいなの。

『ごめ、君が面白くて……』

 失礼な奴め……!


「なら儂が本来の姿であったとしても同じようになっていたのじゃな?」


 そりゃ元の姿の方がいろいろ見えたら困るだろうしなぁ。


「当然だろ? 元の姿だったら気になってガングの話なんて頭に入ってこねぇよ」


「……なるほどのう、そうかそうか。儂の事がそんなに好きか♪ じゃーさっきの件は水に流してやろーぞ」


 ラムが急に機嫌を直し、俺の隣までとてとて歩いてくると腕を絡ませてきた。


「~~♪」


 ……あれっ、これはこれで距離感おかしくない?


『……っ! ……ーっ!』


 だからその変なのやめろって。笑いたきゃ笑え!


『ぎゃーっはっはっはっはっはーっ!!』


 いや、その……限度ってもんがあんじゃん。



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