第228話:誘拐犯ミナト。


「まったく! ミナトはもうちょっとレディの扱いをじゃな……!」


「ごめんごめん。意地悪したわけじゃないんだ」


『嘘ばっかり』

 ここで意地悪しちゃったてへっ♪ とは言えないだろうよ。


「さて、それはともかくこっからどうするかな。出来るだけ被害者を出さずに事を運ぶなら寝静まった頃に侵入するか?」


 出るのが遅れてしまったせいか既に日が昇りかけている。もう一日待つのはさすがに微妙かなぁ。


「それには及ばんのじゃ」


「何か考えがあるのか?」


「無論じゃっ! ミナトよ、大神殿に行って信者を二人ほど拉致ってくるのじゃっ」


 ラムはむふーっと笑い、俺に人さらいを命じた。



 疑問はあるものの、とりあえず俺はラムの言う通りそーっと神殿の近くまで近寄る。


 大神殿の周りは簡素な造りの建物が沢山あり、そこが信者達の住まいなのだろう。


 大神殿のすぐ近くには武装した教徒がひしめいていたが、居住区の方には大人しそうな奴等がちらほらと……。


 俺は一気に駆け抜けて誰の目にも留まらぬように二人ほど首根っこをひっつかんでその場から離脱。


 叫び声をあげる間も与えない。


「……ほらラムちゃん、これでいいのか?」


 ラムの前に信者を二人転がす。


「なんじゃ、まだ意識があるではないか」


「むしろ意識失ってて良かったのかっよ。それ早く言ってくれ」


 何が起きたのかと騒ぎ出した二人にびしばし手刀を入れて昏倒させる。


「うむ、よい手際なのじゃ♪」


「で、こいつらどうするんだ? 身ぐるみはいでローブを奪うだけって事はないだろ?」


 それでもあれだけの信者数だったら紛れてしまえばわからないか……?


「儂にはちょっとこのローブは大きすぎるのじゃ」


 だったらいったいどうするつもりなんだろう?

 ラムは意識の無い教徒に手を触れ、俺を手招きした。


「……?」


 ラムが俺と教徒に手を触れたまま何か魔法を唱えた。


「……おぉ、なるほどなこれはすげえや」


 あっという間に俺の姿は目の前に転がっている教徒の物になった。


「これって顔も変わってるのか?」


「勿論じゃ。儂もやるから見とれ」


 ラムがもう一人の教徒に手を触れ、魔法を唱えるとその姿がみるみる変わっていく。


 ティアがいつか使っていた外見を変える魔法に似ている気もするが、これは完全なコピーだ。


「元よりかなり身長が上がってるけど、これってこの姿に見えてるだけか? それとも……」


 ラムの頭を撫でるように手を乗せると、確かにそこには頭の質感があった。髪の毛も。


「へぇ、大したもんだ」


「これでミナトと同じくらいの身長じゃな♪」


 そう言ってにこっと笑うラム。しかしその顔はランガム教徒の女の物。


「……」


「なんじゃ? 何か変じゃったかのう?」


『がっかりしすぎじゃない……?』

 いや、そういう訳じゃないんだけどさ。


「外見が変わってもラムちゃんはラムちゃんなんだが、元のラムちゃんが可愛すぎたから違和感あるなぁと」


「なっ、な、何を……こんな時に、何を言うとるんじゃばかもの」


 語尾がどんどん音量小さくなっていくのが妙に可愛い。

 外見が違ってもやっぱりラムだなぁ。


「よし、じゃあこれで堂々と内部を調査できるってわけだ。教祖って奴の情報を仕入れて直接乗り込もうぜ」


「うむ、それが一番確実じゃろうな」


 今度はラムと二人で大神殿の近くまで行き、様子を伺うと……。


「さっきより人が少ないな……」


「お前ら、そんな所で何をしている。仕事の時間は始まっているだろう? 早く持ち場へ付け」


 気配は殺していたつもりだったのだが、見張りの一人に気付かれてしまった。


「確かお前たちは……ガング隊長の部隊の者だな。さっさと行け」


 そう言って見張りの男は俺達を大神殿の中へと通してくれた。

 この姿を借りておいて正解だったな。まさかいきなりこいつらを知ってる奴に見つかるとは思わなかった。


 さすがに教徒一人一人の顔を覚えている訳じゃないだろうから、運が良かったのかもしれない。


 ガング隊長って言ってたが……部隊が幾つかあると言う事だろう。

 しかし宗教団体の癖に部隊……? やる気満々じゃねぇかよ。


「中には入れたが……どこへ行ったものかのう」


「とりあえず人を探そう。普通の教徒の振りをしてそれとなく話を聞き出せれば恩の字だ」


 俺達は神殿内部をうろうろとしてみたものの、不思議なほどに人がいない。

 さすがにおかしい。教徒の数は総勢十万は居ると聞いている。

 全てがここに集められている訳じゃないんだろうか?


「ミナト、足元がなにやら振動しているのが気になるのじゃが……」


「……地下、か……行ってみよう。どこかに入り口があるかもしれない」


「そういう事なら任せるのじゃ」


 ラムはサーチ系の魔法も使えるらしく、呪文を唱えると地面についた人の足跡がうっすら見えるようになった。


「この足跡が密集している場所を探すのじゃ。ちなみに色が濃い物ほど新しい足跡じゃ」


 便利な魔法だな……。

 地面に浮き上がった足跡は膨大な数で、ぐちゃぐちゃだったが色の濃淡で識別可能なので人の流れがなんとなくわかった。


 そして、最終的にその足跡が向かっていった場所は、行き止まり。


「……これは隠し扉じゃのう」


 ラムがちらりとこちらを見て無言の「どうする?」を投げかけてくる。


「勿論、行くしかねぇだろ」


 壁を触ると、回転式になっていて向こう側へ抜けられた。

 するとすぐに地下へ続く階段があり、俺達はその長い長い階段を延々と降りていく。


「相当長い階段じゃのう……」


「確かに。これだけ地下に掘り進めるならエレベーターくらい用意しとけっての」


「エレ……なんじゃ?」


 あぁ、エレベーターじゃ伝わらねぇか。


「昇降機みたいなもんだよ」


「しかし膨大な人数を運ぶとなると難しいんじゃろう。階段で歩かせた方がコストもかからん」


 ラムはげんなりした顔で黙々と階段を降りていく。


 確かに彼女の言う通りだ。エレベーターで何万人も移動させるのは現実的じゃない。

 やっぱり頭いいなこいつ。


「おっ、やっと底が見えてきたようじゃぞ」


 速足になったラムに「気を付けろよ」と声をかけ、俺も後を追った。


 階段を降り切ると質素な扉があり、それを開くと……。


「なんじゃあこりゃあ……」


 そこにはとんでもない広さの地下空間。まるで地底都市という言葉がぴったり当てはまりそうな場所だった。


「十万もの人々が外の居住区だけでおさまるとは思わなかったが……こういうカラクリだったのか」


「地下の癖に果てが分からんのう……」


 この中から教祖を探し出せってのかよ……。


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