第225話:偽りの仮面。


「これは提案なんだが、これから先は俺達に任せてみないか?」


 魔物と聞いて表情を曇らせていたラムに、そう切り出した。


「な、何を言うのじゃ。敵に魔物が居るからと言って儂のやる事は変わらんのじゃ。むしろ儂がやらなければ意味がないのじゃ」


 ……不安そうだったのは一瞬で、今ではむしろ決意に満ちた顔をしている。

 子供にこんな顔させたくはないものだ。


「一応言っておいた方がいいと思うから言うけどさ、ラム達にはここを警備してもらって本拠地には俺が単騎で乗り込む方が話が早いと思ってる」


 ぶっちゃけその方が何も気にせず暴れられるっていうのもあるし。


 でも、きっとそれじゃこの子は納得しないんだろうな。


「……頼む、儂も連れていってほしいのじゃ……迷惑になってしまうのは分かってるのじゃ。それでも……それでも儂がやらねば……」


 天井を仰ぎながら大きくため息をついて、そのまま深呼吸をしつつ考える。


「やはり、ダメじゃろうか?」


 仮にあの時神様に、「アドルフはこっちで殺しとくから」と言われたら俺は納得しただろうか?


 憎い相手が酷い目にあって死ぬならそれでいいと思えただろうか?


 ……無理、だなぁ。

 この際だからエリアルの事はいいとして、俺はアドルフに酷い目にあってほしいんじゃない。酷い目にあわせたかったんだ。


 死んでほしかった訳じゃない。

 この手で殺したかったんだ。


「ラムちゃん」


「な、なんじゃ……? 儂は、やはりダメと言われても……」


「一緒に行こうか」


 因縁がある相手、憎むべき相手。

 それが個人というよりも相手全体だったとしても、ケリをつけるのはこの子じゃないといけない。


「本当に、儂も行っていいのかのう?」


「ボス……」


「ヨーキスすまん、やっぱり儂は……」


 ヨーキスはラムの表情を見て、止めても無駄だと理解したらしい。

 俺の方に向き直ると、その場で床に頭をこすりつけるように土下座をした。


「私からも頼む……ボスを、ラム様を連れて行ってやってくれないだろうか。さすがに私が行っても足手まといになる事はミナトの戦いを見て分かった。でも、ボスはきっとミナトの役に立つ。だから、頼む」


「分かった。万が一の時は俺がちゃんと守るから。……イリス、レナ、悪いが二人はここを守っていてくれ」


「えー、お留守番なのー?」

「私は、行きたいけど……それが私のやるべき事ならちゃんとやるよ」


 ぶーぶー言ってるイリスの背中をレナがさすって落ち着かせてくれている。


「すまん」


「あーあ、せっかくミナトちゃんがやってくれるって言うのにラムちゃんも損な性格なんだから。死んじゃっても知らないよ?」


「ダンゲル貴様……!」


 呆れ顔のダンゲルにヨーキスが詰め寄るが、振り上げた拳を振るう事は無かった。


 少し悩んで、元の位置に座りなおす。


「うわーこわ。女のヒスほど怖い物はないってのはほんとかも」


 ダンゲルよ、それ以上火に油を注いでるとほんとに殴られるぞ……?


「とにかく、だ。せっかく拠点をまとめて落としたんだ。これですぐにはまとまった戦力がここまで来る事はないだろう。だからこそ俺は今のうちに一気に本拠地に乗り込んで始末をつけたい」


「うむ、儂もその方がいいと思うのじゃ」


 一国、ともいえるランガム教を相手に二人で喧嘩を売りに行く。


 以前イリスと二人でダリル王国へ乗り込んだ時の事を思い出すな。


「とはいえ相手は相当な数が居るだろう。俺も覚悟は決めて来たつもりだが、正直魔物に操られてる人間や無理矢理いう事を聞かされている奴もいると思う。ラムちゃんはそれを前提でどうしたい?」


 ここで彼女が、「知った事か。皆殺しだ」というのなら俺はそうする。

 なりふり構わず使えるスキルを総動員して消し炭にしてやる。


 だけど……。


「儂は……正直言うと、少し分からなくなっておる。勿論ランガム教は憎むべき敵じゃ。儂の大切な物を沢山奪っていった。しかし、きっとランガム教の中にも儂と同じような境遇の人間がいるんじゃよな……?」


 やっぱり、迷いが生じている。

 俺だって迷うし悩むんだ。こんな小さな子が一切悩まないなんて事あるわけがなかった。


「だったらどうする? 無茶でもいいから言ってみな」


「……無論可能ならばで構わないのじゃが、出来るだけ一般の教徒には手を出さず、教祖を討ち取りたい」


「でもそれだと残った教徒がいつまでもラムちゃんを狙い続ける可能性もあるぞ? それはどうする? 力でねじ伏せるのか?」


 俺がいつまでもここに居られる訳じゃない。

 ラムだって相当な魔法の使い手なのだから出来ない事はないだろうが、精神的に耐えられるのかが不安だ。


「よい。儂は……ランガム教の教祖を討ち取った後、ここを出る」


「ちょっと待って、どういう事? ベルファ王国再建は諦めるって事?」


 ダンゲルが珍しく声を張り上げた。


「そうじゃ。儂は多くを失いすぎた。ランガム教徒を皆殺しにしたら何が残る? 儂と、ヨーキスとダンゲル……それだけじゃ。民の居ない国などなんの意味もなかろう」


「……ふーん、別に好きにすればいいよ。僕は僕の好きなようにやるから」


「すまんのう。でももう決めたのじゃ。皆の仇を討ち、ランガム教という宗教は滅ぼす。しかしランガム教徒全てが悪い訳ではない……その後はそやつらがいい国を作ってくれる事を祈るだけじゃ」


「随分日和っちゃったんだね。僕は何がなんでもランガム教を皆殺しって威張り散らしてたラムちゃんの方が好きだったよ」


 ダンゲルはラムの発言に失望したようで、すっと立ち上がると「やっぱり僕はここに居ちゃいけないみたいだ。もうこの国に未練はないからラムちゃんより先にここを出るよ」と言い放ち、ヨーキスの制止も聞かずに家を出ていってしまった。


 俺にはダンゲルというエルフがよく分からない。

 いつもふざけてるかと思えば急に熱くなる。

 俺の経験上、こういうタイプは普段の飄々としている性格が全て作り物の場合があるんだよなぁ。


 思ったよりも内にいろいろ抱え込んでるのかもしれない。


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