第219話:アン・ディグレ・レナール。


 人の気配のある方へと砦内をどんどん進んでいく。


『ちょっと無警戒すぎじゃないかしら?』


 いや、むしろ敵がまだ残ってるなら俺に注意を引き付けるくらいで丁度いいんだよ。


 それに、奥の方で銃撃の音がする。

 ランガム教徒が使うあの光線のような物ではなく実弾の音だ。


 つまりレジスタンスの生き残りが居るという事だろう。


「……急ごう」


 砦の中は意外と入り組んでいる。恐らく敵に攻め込まれた時に一気に奥まで侵入されないようにしているんだろう。

 通路が狭い方が各個撃破もしやすいだろうし。


『でもこの奥は意外と開けた場所がるみたいよ』


 ママドラの言う通り、迷路のような通路を抜けると開けた場所に出た。

 開けてはいるが……柱が多く、銃撃戦には都合が良さそうだ。


『そういえばさっきから音が止んでるわ』


 ……確かに。


 まさかもうやられちまったんじゃないだろうな?


『いえ、人の気配はあるわよ。それもかなりの人数』


 どういう事だ……?


 適当に柱を避けながら進むと背後からガチャっと音がして、思わず反射的に剣を抜きそうになったが……。


「わ、私だ! 落ち着け!」


 そこに居たのは憔悴しきったヨーキスだった。


「無事だったか。状況はどうなってる?」


「とりあえず柱の陰に隠れろ。今はあのレナって子が頑張ってくれてるからなんとかなっているが、レジスタンスはほぼ壊滅だ」


 ほぼ、という事は多少なりとも生き残りが居るんだろうか?

 いや、それよりも今はレナだ。


「相手はどのくらい残っている?」


「……多分一人だけだ」


 一人だけ?


 気になって聞いてみると、ヨーキスが言うにはかなり激戦ではあったが外での戦いはレジスタンス側の勝利に終わったらしい。


 生き残り十人程度で中へ乗り込むと、砦の中には教徒が全くと言っていいほど残っていなかったらしい。


 そして、奥まで進みこの部屋にたどり着いた所で指揮をとっていた奴と遭遇、どうやらそいつがかなり手ごわいようだ。


「……妙だな」


「ああ、私もそう思う。こんな地の利をほとんど使わずに全軍外へ向かわせるなんてリーダーとしては下の下だ」


 数は圧倒的に教徒の方が多かったようだし、押し切れると思ったのかもしれないが……何か嫌な予感がする。


 その時、すぐ近くで武器同士が激しくぶつかり合う音が響いた。


 こんな近くまで気付かないなんて不自然だ。

 ママドラ、どういう事だ!?


『分からないわ……でも、もしかしたら相手が音の反響とかそういうのを操ってるのかもしれないわね』


 音の操作……そう言えば英傑にもそんな奴がいた気がするな。

 アレは基本的に攻撃方面に力を操作していたが……。


 こういう遮蔽物が多い空間だと音ってのはかなり重要になってくる。

 音を消されたら接近にも気付かないし、場合によっては別の場所に音を出すような事まで出来るかもしれない。


 これは相当戦いにくいだろう。

 レナには分が悪いかもしれない。


 レナの動きはどちらかといえば正攻法というよりも忍者とかトリッキーな部類だから相手が音を乱してくると混乱する可能性がある。


 早く助けに入ろう。


 ママドラ、相手の位置分からないか?


『……分からない。とにかくこの空間を走り回って目視で見つけるしか無いわ』


 それしかないか。俺なら多少攻撃をくらっても問題無いしとにかく、先に見つけるのが俺でも敵でも構わない。

 遭遇してしまえばこっちの物だ。


 ……よし。


「ヨーキス、お前はゆっくり部屋の隅まで行って柱の陰に隠れてろ。後は俺達でやるから」


「わ、分かった……。すまない」


「いいって事よ。気にするな」


 ヨーキスにそうかっこつけて柱の影から一歩踏み出した。


 どしゃぁっ。


 心臓が飛び出るかと思った。


 柱の影から一歩踏み出した瞬間、目の前にぐっちゃぐちゃになった人間だった物が転がって来た。


「……ッ!?」


 その肉塊は、なんだか、見覚えのある面影が……。


「……レナ?」


 肉塊はピクリとも動かない。


「おい、レナ。冗談はやめろ」


『ミナト君……あのね、』

 うるせぇ。


 ちょっと黙っててくれ。

 頭の整理が追い付かない。


 なんでレナが?

 お前ともあろう者がなんでこんな姿になっちまったんだよ。


 俺は急いで回復魔法をかけたが、勿論効果は無い。

 そんな事一目で分かっていた。


 どう考えても手遅れだ。

 身体は胴体から不自然に捻じれ、あばら骨があちこちから飛び出し、足はふとももの辺りから千切れてその先は見当たらない。

 腕は肘がおかしな方向に曲がっているし首は三回くらい回転してしまっているし大きく見開かれた目からは眼球が片方飛び出して血を噴き出している。

 口は耳の辺りまで割かれて舌がでろりと出てしまっていた。


『落ち着いて、ミナト君』


 落ち着け? こんな物を見せられてどうして落ち着いていられるっていうんだ。


「ふざけやがって……俺の」


 ……仲間を。


「……レナをこんな目にあわせたのはどこのどいつだ? 絶対に俺がぶち殺してやる……!」


 ぞわりと、突然俺の身体の中から得体の知れない何かが湧き上がりそうになった。


「み、ミナト……その、えっと……」


「うるせぇ。俺は今精神的に限界なんだ。話しかけるな」


「ミナトってばっ!」


 しつけぇな……!


「うるせぇって言ってるだろうが……! って、あれっ?」


 俺の背後から声をかけてきていたのは……。


「れ、レナ……? あっ、あー、あーね、そういう事ね」


 ママドラぁっ! なんで教えてくれなかったんだよこれが分身だってさぁ!


『いや……だって私の話聞いてくれなかったんだもん』

 それはそうかもしれねぇけどさぁ……。


 めちゃくちゃ恥ずかしいじゃんか馬鹿かよ俺は……。


「ねぇ、それより……俺のレナって……」


「……へっ?」


 そんな事言った?


『口に出した言葉だけを聞いたらそう聞こえてると思うわよ』


 レナはぐちゃぐちゃの肉塊になった自分の分身をぶちゃりと踏みつけながら俺に飛びついてきた。

 もう少しそっちのも大事にしてあげて。


「ミナトがそんなふうに思ってくれてるなんて嬉しいな♪ 私も、言っていい? 私のミナトって……」


 ママドラどうしよう!?

『しーらないっ』



「い、いいんじゃ、ないかな?」


 気が付けば、先ほど一瞬だけ感じた得体のしれない力はもう完全に消えていた。



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