第217話:メメントモリ。


 彼女は星降りの巫女と呼ばれ、強力なスキルを所持している。

 勿論レアスキルだ。ただし、使用間隔は数年に一度。

 例えばここで今使えばもう向こう数年間は使用不可。そういう制約のあるスキルである。


 ……すまん。だが手を汚すのはあくまでも俺だ。人を殺す為に君の力を使う事、どうか許してほしい。


『……貴女はきちんと死を【想う】事の出来る人のようです。ならば、思った通りにこの力を振るいなさい』


 ありがとう。と言いかけたその時だ。


『……と、言いたい所ですが』


 ……何か条件でも? 俺に出来る事ならば……。


『いえ、ここは私に任せてみませんか? これからかの場所を落とすのですよね? 多くの命を奪う事になります。……私は、これでも人の死の為に祈る立場でもありますので。せめてこの手で送り、魂だけでも救済してさしあげたいのです』


 ……あぁ、そういう事なら任せるよ。

 すまない、本当は俺が背負わなければいけない罪なのに。


『構いません。私は既に過去の者。今を生きる貴女の代わりに罪を背負う事くらいどうという事はありません。それに……広い意味では私も貴女なのですから。しかしゆめゆめ忘れてはなりません。自分を、そして他者を、この世に生きとし生ける全ての命を……その命に等しく存在している全ての死を想いなさい。貴女にはわざわざ言う必要もなさそうですがね』


 そうでもねぇよ。俺はやっぱり許せない奴等の命を想う事まで出来そうにないからな。


『いずれ分かる日が来ます。例え敵対していようと、許されざる相手だとしても、その命が穢れていようとも。等しく死は訪れるのです。死を悼みなさい。死を想いなさい。そして……死を受け入れなさい』


 死を受け入れる……?

 それは、いざという時には自分が死ぬ覚悟をしろという事か?


『そういう意味もありますが、私が言ったのは……』


 そこで頭に響く逢魔聖良の声がワントーン低くなる。


『必要な時には死を想い、そして……死を与えなさい』


 ……っ。


 何も言えなかった。

 彼女の達観した言葉が理解しきれなかったというのもあるが、それよりも……。


 恐怖。


 彼女には何かとてつもない恐ろしさを感じた。

 きっと命という物を俺とは次元の違う所で論じている。


『さぁ、では始めますよ。数分ほど時間を下さいね』


 そう言って逢魔聖良は俺の身体を操り、小高い丘の上で膝をついた。


 祈り……?

 そう、まるで祈っているようだ。

 だが、それはまだ人の死に祈っているのではなく……。


 死を、与える為に。



『……来ます』


 砦の上空に、砦を丸々と飲み込んでしまうほどの巨大な穴が現れた。

 まるでブラックホールのようだ。


 しかしその穴は何も飲み込む事はなく、逆に……。


 い、隕石……!?


『星降りの巫女とは昔星降りの民と呼ばれた者の末裔。彼等が何者かは分かりませんがこの身はその特別な力を多少受け継いでおります。これもその一つ……さぁ、かの場所に集まる命たち全てに死を与え給え』


 ば、ばか、こんな所に隕石なんか落としたらあの砦だけじゃすまねぇよ! この世界自体に影響が……!


『心配には及びません。無論対象周辺にのみ死を与えられるよう囲ってありますゆえ』


 囲って、ある?

 そんな事いつやった。

 こんな隕石を呼び出すのと同時に、これの被害を全て防げるほどの障壁を張り巡らせたっていうのか?


『……さぁ、死が……訪れます』


 巨大な隕石はゆっくりと落下していき、砦に触れた瞬間に爆風と爆炎を巻き上げ一瞬にしてその周囲を無にした。


 逢魔聖良の言う通り、完全に周囲は見えない障壁に囲われていて、俺の所まで爆風すらも届かない。


 しかしその囲われた内側には、塵一つ残っていなかった。


『……これは?』


 ど、どうかしたのか?


『……私が送るべき命が、魂が奪われました』


 ……? ちょっと言ってる意味が分からないんだが。


『……残念ですが、私が死を与えた人々の魂は何者かに奪われました。許しがたい行為ですが……どうする事もできません。祈る対象を奪われるのは虚しいですね』


 誰かが死んだ人間の魂を奪っていった?

 魂という概念が本当に存在するとして、だ。

 誰がそんな事を……?


『私には分かりかねます。申し訳ありませんが私に出来る事はここまでのようです。口惜しいですが、後は任せてもよろしいでしょうか?』


 あ、あぁ……。


『出来る事なら、横入りして死者を冒涜したその何者かに、死よりも恐ろしい責め苦を与えて頂きたい所ですが』


 善処はする。


『はい。その言葉を信じましょう……それでは』


 そう言って彼女は俺の中から去った。


『うわ……なんだかすごいの呼び出しちゃったわね』


 ママドラか……今までどうしてたんだ?


『あの子が出てきた瞬間から私はまったく何にも出来ない状態だったのよ。身体があるとしたらそれこそ金縛りにでもあったみたいに』


 それもあの女の力だとでもいうのか……?


 ママドラすら抑え込むほどの……?

 いったいそりゃ何者だよ。


『よく分からないけれどあの子を呼び出す時はちょっと考えた方がいいわね』


 出来ればもう呼ばずに済むといいんだけど。

 なんていうか未知過ぎて怖い。


『……とにかくここでやるべき事が終わったのなら次へ行きましょう』


 そうだな。レナの所へ急ごう。


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