第195話:痕跡追跡。
さて……随分と時間を無駄にしてしまった。
もうサイラスに関しては完全に除外でいいだろう。知るかあんな奴。刃物持った女性にめった刺しにされて死んでしまえ。
うっ、嫌な事を思い出したじゃないかあの野郎め……。
……まぁいい、とにかく次は大臣だ。
僕は城へ戻り大臣の部屋の前まで辿り着く。
部屋の扉をノックしても誰も返事をしない。
居留守でも決め込んでいるんだろうか?
『この部屋の中からは人の気配が無いわね』
……この状況で大臣が出歩くとは思えないんだが……勿論犯人で無い場合、に限るが。
……なら先に別の気になる事を片付けておくか。
大臣の事は後回しにして僕はもう一度厨房へ向かう。
サイラスが食事をとらなかったのが偶然だとしたら、本格的に全員を狙っていた可能性がある。
だとしたら厨房はもう少し調べる必要がありそうだった。
「なんだいまた来たのか……俺が分かる事は全部話したぞ?」
コックがあからさまに嫌そうな顔で出迎える。
「いや、今回は食事会に出された食器を見せてもらいたくてね」
「おいおい……もう洗っちまってるしどれを誰に出したかなんて分からねぇよ」
「まったく、分からないかい? その時に使用した特別な食器などは無いかな? 例えば要人用の物だとか」
僕の読みが正しければ王族や要人に出す専用の食器くらいはあると思うんだが……。
「ああ、そういう事ならあるにはあるが……結局どれを使ったかまでは分からねぇよ」
「それで構わない。とりあえずどの食器か見せてくれるかな?」
コックが厨房の隅にある大きな食器棚前まで案内してくれた。
「この上から三段目の右側に入ってるのが王族と来客専用の食器だ。言っておくが……」
「この中のどれを使ったかは分からない、だろう? それは分かったよ」
コックは「やれやれ」と小声で呟きながら自分の仕事に戻っていった。
ママドラ、何か都合のいい物はないかな?
『それなら検死官がいるけれどどうかしら?』
検死……死者を調べる訳ではないからね。それならいっそ鑑識関係のスキル保持者はいないか?
『それならこの検死官が似たようなスキルもってるから大丈夫じゃないかしら?』
そういう事か。という事はきちんと僕がやろうとしている事を理解していたんだね。さすがママドラ、賢い。
『えへへ~♪ って、なんかやっぱり褒められると調子狂うわねぇ』
僕は優秀な者は優秀だと認めるし相応に褒めるのは当然だと思うけれど。
『そ、そう? じゃあまた何か助けが必要になったら声かけてちょうだい』
あぁ、助かるよ。
僕の頭の中にさらなる人物の記憶が流れ込んでくる。
しかし今回は最低限の記憶とスキルだけ。
複数人格で混乱している場合ではないからね。
食器棚に向かって検視官デイヴィッドのスキル、【痕跡追跡】を発動。
調べたい特定の痕跡を見つけ出してくれる能力で、見た目や成分が洗い流されていようとも、ほんのわずかにでも痕跡が残っていればその場所を教えてくれる。
例えば成分の一部だったり、それによって食器側に変色がでていたり。
探偵とはかなり相性のいい能力である。
食器たちに微かに残った毒を検出し、そこがわずかにぼやっと光った。
それは皿などの器ではなく、棚の隅にあった小さなトレイの中だ。
「……これは。なるほど、そういう事か」
そのトレイの中に入っていたのは食事の時に出されていた箸。
しかもその反応八本分。つまり計四人分の箸から毒の痕跡が出た。
つまり……毒殺犯はあの場に居た四人全員を殺害するつもりだった可能性が出て来た。
……しかしこれだと疑問が生じる。大臣も食事をとっている筈だ。
何故大臣が同じ料理を口にして大丈夫だったのか、これは本人に確認する必要があるな。
「何度も悪かったね。知りたい事は調べられた。協力感謝するよ」
そうコックに声をかけてその場を後にする。
その後一度ライルの様子を見に行くと、アリアが果物を剥いているところだった。
「アリアはなんだかんだと兄想いなんだな」
「ば、馬鹿を言わないでくれ。私は身動き取れない兄に餌付けをする事で優越感に浸っているだけだ」
『言い訳するにしてももっとマシな言い方あるでしょうに面白い子ねぇ』
僕としてはこういう所に好感が持てるがね。
「そういう事にしておいてあげるよ。それよりライル。聞きたい事があるんだが、大臣が部屋に居ない。居場所に心当たりはないかい?」
アリアに餌付けされていたライルがもしゃもしゃと果物を頬張りながら大臣の居場所を教えてくれた。
「それなら、むぐ……大臣なら今はお孫さんを引き取って部屋を移動している筈だ」
「孫……? こんな時に?」
「大臣の息子夫婦は以前魔物に襲われて亡くなって孫を引き取る形になったそうなのだが……奥さんが二週間前に病気で亡くなってしまってね。城に孫も連れてきたという流れだ」
そう言えば以前の騒ぎの時既に奥さんが体調を崩して城を留守にしていたんだったか。
「仕事への復帰は随分早かったんだね」
「……王が亡くなったと聞いてすぐに孫を連れて城に戻ってきたよ。それを次の王になる為だと言う輩も居るが、彼は本当に真面目な人だ。私もベイルであれば新しい王に相応しいと思っている」
では大臣のベイルはまだ城に戻ってきたばかり、という事か。
確かに邪推されても仕方ないだろうが、ライルがここまで信頼を寄せる人物という事はよほど優秀なのだろう。
「……興味深い話が聞けたよ。では後は直接大臣に聞いてみるとしよう」
僕はライルに教えてもらった大臣の新しい部屋前に立ち、ノックをするとしばらくの沈黙の後随分と幼い声が出迎えてくれた。
「あの……どちら様ですか……?」
迂闊に扉を開けようとしないあたりローラとは違い危機感を持っている。
「僕はジャー……ミナトだ。ここは大臣の部屋だと聞いていたんだが?」
「おじいちゃん、ミナトって言う人が……」
「おお、ミナト殿か……その方なら大丈夫だ。中に入れて差し上げなさい」
孫と一緒にこの部屋に居るって情報は本当のようだ。
「どうぞ……」
うっすら開かれたドアの向こうに現れたのは……。
あれ、孫って女の子なのか?
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