第196話:職人のプライド。


「ありがとうお嬢ちゃん。少しお爺さんと話をさせてもらうよ」


「……あの、その……」


 随分と引っ込み思案な孫みたいだ。僕が一声かけただけで顔を真っ赤にしてしどろもどろになっている。


 ポコナよりも若い。大体十歳前後だろうか?

 片目を隠すようなボブカットで、水色の流れるようなサラサラの髪。

 とても大臣の血を引いているとは思えない。

 奥さんや息子の嫁が余程綺麗な人だったのだろう。


「ミナト殿、孫は……そんな外見をしているが男の子だよ」


「なんと、それは失礼した。気を悪くしたかい?」


「う、ううん」


 大臣の孫は何度も首を横に振り、「僕、部屋に行ってるね」と言って隣の部屋へ逃げるように行ってしまった。


「孫のテラは人見知りが激しくてな。申し訳ない」


「いや、可愛らしい良い子じゃないか」


「……それはそうと、何か話があってきたのであろう?」


 大臣はげっそりと落ちくぼんだ瞳をしていた。

 大分疲れているのだろう。それに、彼にとってはショックな事が続いているのだろうし仕方ないか。


「実は先日の食事に毒が盛られていた件だがね、あれはライルだけではなくあの場に居た全員に毒が盛られていたと分かったよ」


「そ、そうなのか……やはり、私も狙われていたのだな……」


 大臣はかなり落ち込んでしまったようで、頭を抱えてしまった。


「儂は……いい、これまでの人生で人に恨まれる事も沢山してきた。しかし、今儂まで死んでしまったら……」


「テラの事かい?」


「あぁ、あいつは両親を失い、そして祖母である儂の妻まで死んでしもうた。これで儂まで死んだらそれこそ誰も頼る相手がいなくなってしまう」


 そう言って涙を浮かべるベイルは、心の底から孫を心配しているようだった。

 魂の色を確認してもうっすら灰色がかっているもののほとんど白と言ってもいい。


 困ったな……本当なら大臣が犯人でした、くらいの事件だと解決が簡単で良かったんだがこうなってくるとなかなか面倒だぞ。


 だからと言って犯人を見逃すつもりは無いが。



「いろいろ心配なのは分かるが犯人を捕まえてしまえば安心だろう? その為に協力してもらえるかな?」


「……無論だ。儂に出来る事ならなんでもしよう。何が知りたい?」


 とはいえこうなると大臣から得られる情報は少なそうだが……。


「一番問題なのは僕を含む全員に毒が盛られていた事だ」


「それは儂も気になっていた……全員に毒が盛られていたのであれば、手を付けなかったサイラスはともかく儂とミナト殿が無事だった理由はなんだろうとな」


「僕はあの手の毒はきかないんだ」


「では……なぜ? 儂は毒耐性など持っておらんぞ……」


 彼は本当に自分が無事だったのが偶然の産物だったと知って改めて恐怖に震えた。


「毒はどの料理に入れられていたのだ? 儂は偶然それを口にしなかっただけであろうか……?」


 ……どうする? ここでこいつに言っても問題ないだろうか?


「毒はもしかして箸に塗られていたのか?」


「……どうしてそう思う?」


「儂が無事だった事を考えるとあの時皆と違ったのはスプーンを使っていたからではないか、と思ってな」


 なるほどね……。確かにスプーンを使っていたのなら毒を回避できただろう。


「やはりそうなのだな……」


 これ以上隠す必要は無さそうだ。


「君の考え通り毒は箸に塗られていた。僕とライルはそこから毒を摂取させられたわけだね。どうやって君が毒を免れたのか気になっていたのだが謎が一つはっきりしたよ。感謝する」


「儂は妻が逝ってしまってから慣れない家事やらなにやらを初めて自分でやる事になったよ。今まで妻はこんなにも大変な事をずっとしてくれていたんだなぁと感謝したものだ」


 大臣は亡き妻を思い出すように遠い目をして語り出した。


「慣れない事をしたもんでね、ふとした時に右手を痛めてしまったんだ。この身体も相当ガタがきているらしい。しかしそのおかげで箸を避け、スプーンを使う事になった……もしかしたら妻がまだ儂にこちらに来るなと言っていたのかもしれんな」


 右手を痛めていた、か。

 確かにそれのおかげで箸を使う事が無かったのだからある意味亡くなった奥さんのおかげで生き延びる事が出来たのだろう。

 勿論あの場には僕が居たのだからすぐに解毒は出来ただろうが、優先順位としてアリアの兄であるライルを優先していたはずだ。


 ライルの解毒が終わってベイルの順番になるまでに彼の体力がもったかどうかは……正直微妙な所だ。かなり強い毒だったから間に合わなかった可能性は高い。


「……早く、こんな事件を企んだ犯人を見つけ出してくれ。頼む」


 大臣の精神状態はもう限界が近い。

 これ以上長引かせると大臣が倒れてしまいそうだな。


「分かっている。任せておきたまえ」


 大臣の部屋を出て、廊下を歩きながら考える。


 自分で毒を箸に仕込んでおいて本人はスプーンを使って毒を回避する……そういうやり方もあるだろう。

 あるだろうが……大臣がわざわざ配膳前の箸に接触していたら目立つし、どこからか目撃証言が出てきてもいい。

 少なくとも大臣本人が毒を盛ったという線は消していいだろう。


 この状況下で一番怪しいのは配膳したメイドか。


 タイミングを考えると一番手を加えやすい。


 ……全滅目当てで全ての箸に毒を塗るだけならばコックも可能ではあるか。


 もう一度コックに話を聞く必要があるな。




「なんだよまた来たのかよこっちも忙しいんだが?」


「すまないね。君に聞きたい事が増えてしまって。ちなみに君の仕事はどこからどこまでだい?」


 再び厨房でコックに確認を取る。恐らく予想通りの答えが返ってくるとは思うが。


「コックの仕事なんてのは料理を作って皿に盛るまでに決まってるだろうが。そっから先は俺には知ったこっちゃねぇよ」


「あの時配膳したメイドが誰なのか分かるかな?」


「さぁな。適当なメイド捕まえて聞いてみてくれよ。俺の仕事は美味い料理を作るだけだからよ」


 そう言ってニカっと笑うコック。

 誇りを持った仕事人って感じで少しかっこよかった。


「……事件が解決したら改めてきちんと君の作った料理を食べさせてもらうよ」



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