第177話:リリア・ポンポン・ポコナ姫。


「あ、あの……割り込むようで申し訳ないのですが、人間と獣人のルーツが同じ……というのは本当ですの?」


 ポコナはその話を聞いてからずっと難しい顔をしていた。

 人間と獣人の平等化が目的のポコナにとってこれは朗報かもしれない。


「ああ、それは本当だよ。今の君の姿がそれを証明している。ちなみに君の御父上もタヌキの獣人だったよ」


「お、お父様も?」

「うむ、儂の場合はポコナのような可愛いタヌキではなく森の長老のような古ダヌキであったがな。ほっほっほ」


 リリア十二世……シヴァルドはそう呼んでいたっけ。

 彼は立派な顎髭をさすりながらポコナに優しい目を向けていた。


「儂も自分が獣人になり、ヴァールハイト……今はシヴァルド殿だったな。彼の仮説を聞いて今までの自分を恥じたよ。儂が子供の頃から獣人は人間の手伝いをするものだと親から教えられてきてな。それを疑いもしなかった」

「でもお父様は自分からは獣人を虐げるような言動はなさらなかったですわ!」

「同じ事なのだ。古い体制のまま、それを漫然と受け入れ変えようとしないというのは自ら虐げているのとなんら変わらないのだ……」


 王はそう言って苦虫でも噛み潰したような表情を浮かべる。


「なら変えようじゃありませんか! わたくし、必ずこの国から獣人差別思想を無くしてみせますわ! わたくしと、このミナト様で!」


「待て待て、俺をそこに巻き込むな。勿論協力はしてやるがお前の言ってるのは何か違う気がする」


「ちぇっ、どさくさに紛れて約束を取り付けようと思ったのですけれど失敗しましたわ」


 ころころと表情が変わる娘の姿を見て王が優しく微笑み、彼女の頭を撫でる。


「姿が変わろうとお前は儂の娘ポコナだ。人の良さは外見ではなく、本質は中身なのだな。儂もポコナを見習わねばなるまい」

「それでは!」

「うむ。一緒にこの国をより良くしようではないか。まずはポコナよ、元の姿に……いや、待てよ?」


 王は俺と同じ事を思いついたかもしれない。


 きっとこの国に根付いた差別思想は簡単には消えない。英傑の多くが協力してくれるとはいえ、簡単にゼロにする事は無理だ。

 ならば少しでもインパクトのある方法を取る必要がある。


 たとえば……。


「ポコナよ……少しばかり無理を言ってもいいだろうか?」

「わたくしに出来る事ならばなんだってやりますわ!」


「……うむ、ならばポコナにはリリア全土に向けた演説をやってもらいたい」

「演説……ですの? わたくしに出来るでしょうか?」


 ポコナは不安そうに俺の方へチラリと視線を向けた。


「何言ってんだよ。お前はお前の考えをみんなにぶちまけてやりゃいいんだ。その姿のままでな」


「えっ、このままで、ですの?」


 王はわずかに頷き、「さすがだな」と呟いた。


「ミナトの言う通り、そのままの姿だからこそ意味がある。ただ信じない者もいるだろうからな……演説の中で元の姿へと戻す。出来るか?」


 王がシヴァルドへ確認を取るが、彼も王の案は読んでいたようだ。


「無論、その程度お安い御用だよ。ただね、それをやるなら早い方がいい。今すぐに、だ」


「い、今すぐに、ですの? 明日とかでは……」


 シヴァルドは静かに首を横に振り、「今すぐでなければならぬ理由がある。僕を信じてくれないか?」とポコナを見据える。


「こいつは得体のしれない妙な野郎だけどさ、多分こいつがその方がいいって言うならそうなんだろう。何か理由があるんだろうぜ」


「さすがミナト、僕の事をよく分かっているじゃあないか。好意に……」

「それはもういい!」


『……シヴァルドの奴何も変わってないわね。ミナト君と一緒に居たってのはびっくりしたけれど』

 俺だってびっくりしたよ。直接話さなくていいのか?

『いいわよめんどくさい』


 そう言うとママドラは再び黙り込んでしまった。


 あまり関わりたくない相手なのかもしれない。


 ……まぁ、自分の昔を知ってる相手ってのはそれだけで面倒だからな。

 ママドラの場合ゲオルやアルマもいるし、これ以上面倒を増やしたくないのかもしれない。


 俺にとっても過去を知る人物だしな。

 へっぽこ剣士だった頃の話なんかされたらたまったもんじゃない。


「僕がこの国全土に姫の姿が見えるよう手配しよう」


 シヴァルドは魔法で全ての街の上空に巨大なスクリーンを投影するつもりのようだ。


「こ、ここでやるんですの?」

「その方が都合がいいさ。ここには王も僕も、そして英傑祭決勝で戦ったティリスティア、さらに新たな英傑王がいるのだから」


 ポコナが意を決したように大きく頷き、シヴァルドに告げる。


「……分かりました。もう大丈夫ですわ。いつでも初めて下さいまし」


「待ちなさい。いきなりポコナがその姿で出ても民は何事かと身構えるであろう。まずは儂が皆に言葉を。さぁ、いつでも初めてくれ」


 シヴァルドは「過保護もほどほどにね」などとぼやきながら、二人の目の前に小さなスクリーンを出現させた。


「これでもう全ての街の上空に君達の映像が投影されているよ。今から音声も繋げるから準備はいいかな? では初めてくれたまえ」


 この場から特に準備もせずに全ての街へ映像を届けるというのはどれほど規模の大きい魔法なのだろうか。シルヴァがこんなとんでもない奴だとは思いもしなかったな……。


「皆の者、儂はリリア十二世である。しばらく皆の前に姿を現す事が出来なかった事をまずは謝罪したい。心配をかけすまなかった。儂はしばらく面倒な呪いにかかっており、身を隠す必要があったのだ。儂はこの通りもう大丈夫だが、今は娘のポコナが同じ呪いに苦しんでいる。して、皆には今のポコナを見て、その言葉を聞いてほしい。そして彼女の言葉は儂の意思でもある事を理解してくれ。……ではポコナよ」


 ポコナが少し緊張した面持ちで王の前に立つ。

 きっと今頃これを見ている民衆は息を呑んだ事だろう。


「皆様、お久しぶりです。こんな姿ですが、わたくしは紛れもなくリリア・ポンポン・ポコナです。まずはわたくしの身に起きた様々な出来事を聞いて下さいませ」


 ……たどたどしく、だが想いを込めてポコナが自分の経験を語っていく。

 きっとこれで民の何割かは、考え方を改めてくれるだろう。

 そこまで至らない者達にも、心のどこかにわずかな何かを残せると信じる。


 この日を境にこの国が少しでも変われるように俺も祈る事にしよう。


 ……いや、祈りなど捧げずともこの姫が居る限り、緩やかではあるかもしれないが必ずいい方に進む筈だ。


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