第178話:この国はもう駄目。

 

 ポコナは自分が魔族の手により先祖返りという呪いをかけられ、この姿になった事を民に説明した。


 その際どんな酷い目にあい、共に獣人となった英傑のロリナに助けられながらかろうじて生き延び、現在の英傑王……つまり俺に出会ってここに至るまで守ってもらったと語る。

 途中奴隷市場にて獣人の酷い扱いを目にし、自分もそのような目で見られ続けた事、しかしながらクイーンの街ガルパラ、エクスの街エクサーでは驚くほど平等だった事などを熱弁した。


「少なくともわたくしが訪れた中でガルパラとエクサーでは獣人と人間との共存が成立しておりました。だから、という訳ではありませんがわたくしは獣人と人間の垣根を無くしたい。過去の遺恨など何も意味が無いのです。何故なら……この国の人間は、元をたどれば獣人だったのですから」


 それはこの国の民からしたらかなりの衝撃だろうな。今まで奴隷としてこき使ってた奴等と自分が同じだと言われたんだ。簡単に認められるものじゃない。


「しかしヴァールハイトの調査によりそれは証明されました。わたくしのこの姿も、元はこのような獣人の血を引いている事が原因なのだそうです。父も同じくタヌキ獣人になっていたのだと聞きました。ヴァールハイトの働きにより既に先祖返りの呪いは解除されておりますが、これは本当の事なのです。その証拠に今ここにいるわたくし、このタヌキの獣人がポコナであると証明致します。今ここで、ヴァールハイトに呪いを解呪してもらいますのでよく見ていて下さいまし」


 ポコナが不安そうに俺の方を伺う。

 大丈夫、よく出来てたぞ。

 俺が親指をグッと立ててそれを伝えると、安心したように「ヴァールハイト、お願い致します」と目を瞑った。


「やぁ皆の者、姫のおっしゃった通りだ。今からこの先祖返りの呪いを解く。その眼に焼き付けよ。今お前らの傍らにいる獣人は呪いによりその姿になっただけの人間かもしれない。そして自分も元をたどれば獣人であったのだと、その事実を深く受け止め、そして考えるがいい。果たして獣人は虐げるべき存在なのか、それとも……良き隣人なのかを」


 へぇ……やるじゃねぇかシヴァルドの奴。


 彼が何か呪文のような物を唱えながらポコナの肩に触れると、そこから光が全身に広がり、やがてふわふわとしたやや金色寄りの茶色をした髪が一気に広がる。

 そしてどうみてもタヌキだったその顔は、なんとも可愛らしく、それでいて強い意志を持った瞳が特徴の女の子へと変貌した。


「わ、わたくし……もとに戻りましたわ! ロリナ! 見てますか!? 元の姿に戻りましたわ!! ……こほん、失礼。あまりに嬉しかったものですから」


 ポコナは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 想像以上に可愛いぞこれは……。


『後悔してる?』

 いや、想像以上に可愛いが、想像以上に幼いので俺は間違ってなかったと思いたいね。


「一つ勘違いしないでほしいのはわたくしがこの姿に戻れた事を喜ぶ事で、やはり獣人よりも人間の方がいいんじゃないか、と思わないでほしいのです。なにせわたくしがこの姿に戻りたかったのは……」


 そこで何故俺を見る。


「ミナト様にわたくしの本当の姿を見てもらいたかっただけなのですわ……」


 そう言ってポコナが両手で顔を覆ってしまう。

 おいおい今それどころじゃないだろうが!


 本人もすぐにそれに気付いたのか、慌てて姿勢を正し、続ける。


「わたくしが獣人にされた時、他に何人も一緒に獣化した人達が居ました。その人達は今どうなっているか分かりません。奴隷として市場に送られてしまったかもしれません。わたくし達はその人達を探し、必ず人間に戻してみせます。そして、ゆくゆくは希望があれば獣人の人々を人間の姿にも変えて差し上げたいとも思っております。……できますか? ヴァールハイト」


「……それは少々僕の負担が大きいけれど……まぁ可能だね。少し研究の時間を貰う事になると思うが出来ない事はないだろう」


 そんな事も出来るのか? もともと獣人だった奴等を逆に人間の姿に……? それができるならもう誰が人間で誰が獣人かなんて……。


「聞きましたか? それが実現すれば獣人、そして人間、そんな事はどうでもよくなるのです。つまり、私達は平等に手を取り合える。勿論すぐに切り替える事が出来ない人達も居るでしょう。ですがきっと、必ずそんな未来がやってくるとわたくしは確信しております。そして、その未来をわたくし達が実現してみせると……お約束します。わたくしからは以上ですわ。ご清聴有難うございました」


 ポコナはそう言って深々と礼をした。


「シヴァルド、俺からも少しいいか?」


「勿論だとも。それと君は僕の事を気軽にシルヴァと呼びたまえ」

「分かったよシルヴァ」


 なんだか懐かしいなこいつとのこんなやり取りも。


「あー、あー、聞こえてるか? 新しく英傑王になったミナト・アオイだ。これを聞いている奴等のどれだけが俺とティアの決勝を見ていたか分からないけどな、ここにいるティアはあのエクスに圧勝した女だ」

「いぇいいぇいぴーすぴーす♪」

「黙ってろ! でな、俺はそんなこいつにも勝った。分かるか? 俺とこいつの二人いれば……その気になればこの国をぶっ潰す事も可能だ。その気になれば二日とかからんぞ」


「み、ミナト様……いったい何を……」


 俺の腕に絡みついてきたポコナに微笑み、安心しろと告げる。


「そんな俺達からお願いだ。ポコナ姫は本当に純粋な気持ちで獣人との関係改善に取り組んでいくだろう。俺もティアも全力でそれを応援する。分かるな? もし文句のある奴はそれなりの理由をきっちり正規の手続きを得て意見陳情してこい。それができずにただ文句を言うだけの奴、意味も無く獣人を虐げる奴、そんなのが居たら俺はついついブチ切れてしまうかもしれん」

「私も私もーっ♪」

「だから黙ってろ!」


 まったく、ティアは自由すぎる。

 今までが不自由過ぎたんだから別にいいけどよ。


「だから、頼むよ。気に入らない奴もいるだろうけど、この姫のやろうとしている事をどうか応援してやってほしい。俺からは以上だ」


「ミナト様……。やっぱりわたくしミナト様に身も心も捧げますわーっ!!」

「おい馬鹿やめろまだ繋がってるんだぞ!」

「ミナト様ミナト様ミナト様ーっ! 好きーっ!!」

「おい早く映像を切れ!」


 シルヴァに助けを求めるが、奴は王と一緒にケラケラと笑っていた。


「笑い事じゃねーっ!!」

「そうだゾ♪ いくら相手が姫様でもミナトは渡せないからね♪」

「てめぇも話をややこしくするんじゃねーっ!!」


 ダメだ、この国は、もうダメかもしれん。


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