第171話:大臣、デルベロス。


「おお、すげぇ……! 動く床じゃんよ!」


 城はかなり広い敷地を有しており、庭だけでもかなりの広さがあった。

 門まで行くのすらかなり距離があるので面倒だなと思っていたらまさかの動く床登場である。


 これも魔法と魔法具による科学の再現と思うとこの国の技術力は凄いな……。


「あぁ……久しぶりですわ。とうとうここへ戻ってこれましたのね」


 ぽんぽこが目を潤ませて感慨に浸る。彼女にとっては我が家だもんなぁ。


 城門前まで到着すると、大きな門を兵士が数人がかりで押し開けてくれた。


「そんな仰々しい事をしなくても隣に通常の出入り口がありますのに……」

「こらこら、こういうのは形式が大事なんだよ」

「……確かにそういう物かもしれませんわね」


 自分で言ってすぐにそれもそうかと気付いたらしい。こいつも姫という立場ならばそういうのはちゃんと分かっているだろう。

 いつまでもただの獣人の感覚でいてもらっては困る。

 ここまで帰って来たのならば、こいつはもうすぐ姫に戻るんだから。


 兵の案内により城内を進む。広間を抜け、階段を上がり、さらに広間を抜け、階段を上がり……。

 そして左右に分かれた廊下を進み、奥まで行った所で一際豪華な扉が見えた。


「ここに玉座がありますわ。でもきっと今は……」


「私はここまで案内するように言われているだけなので……すいませんけどこれで失礼しますね」


 兵士はそう言い残してどこかへ去ってしまった。

 俺達二人だけで玉座の間前に放置される。

 不用心にも程があるだろ、どうなってんだ?


「とにかく、中に入りますわよ。きっと行けば分かりますわ」


 ぽんぽこが扉を開き、中へ入ると……なにやら黒いマントを着たつるっぱげのおっさんが居た。

 正確にはつるっぱげなのは頭頂部のみで、左右には毛が残っており両方とも天をツンと突いている。


 平八ヘアーとはなかなかのストロングスタイルだな……。


「……そこの獣人はなんだ?」


 こいつが誰か知らないが今の一言でヴァールハイトでない事は確定だ。

 ヴァールハイトがぽんぽこを連れて来るように言ったんだから今の発言が出てくるはずがないし今更とぼける意味がない。


 ただ、今はそんな事よりもだ。


「お前が誰か知らんが口のきき方には気を付けろよ? こっちは二人ともきちんと招待されてるから来てるんだ。挨拶よりも先にそんな事しか言えねぇのか?」


「貴様……なんだその態度は。これが今年の英傑王だと……? エクスも大概だったが……英傑王の品格も落ちたものだ」


 平八野郎は露骨に顔を歪ませて悪態をつく。

 まぁ先に喧嘩ふっかけたのはこっちだけど。


「お前は誰だ? 王でもヴァールハイトでも無いんだろう? だったら用はねぇよ。早く王の所に案内しな」

「ふざけるなよ……誰が貴様のような品の無い奴を英傑王だと認めるものか!」


 ぽんぽこが俺の肩のあたりをちょんちょんとつついて小声で話しかけてくる。


「あれは大臣のデルベロスですわ。性格の悪いクソジジイですの」


「なるほどな……確かに見るからに性格は悪そうだ。俺の試合見てないのか?」


 俺はデルベロスとかいう大臣にも聞こえるように言ってやった。


「くっ……貴様大臣である私を脅すつもりか? だから私は英傑祭で英傑王を決めるなどという馬鹿なやり方は反対なのだ……貴様のような力だけの馬鹿が権力を持つなどあってはならない」


 へぇ……言うじゃねぇか。


「とにかく、だ。俺とこいつは正式に呼ばれてここにいる。さっさと案内しろ。繰り返すが俺はお前になんか用は無いから邪魔するなら容赦しないぜ」


「貴様などを英傑王にしてたまるか! 今すぐこの場から消えろ! 去れ!」


「おやおや……何を勝手な事を言っておられるのですかデルベロス殿?」


 突如、玉座の間に誰かの声が響く。


「……ヴァールハイトか。貴様、本気でこんな奴を英傑王にするつもりか?」

「無論だとも。ミナトは充分にその資格と権利を持っている。デルベロス殿こそ何故貴殿の一存でその者を追い返そうとしているのか理解に苦しむが?」

「ちっ、好きにしろ」


 何処からともなく聞こえてくるヴァールハイトの声がデルベロスを言い負かしてしまった。


 この落ち着き払った声にどこか既視感を覚えたが、俺にはリリア帝国に知り合いなど居ない。


「さあミナト、君の同行者ならば我々の居場所が分かる筈だ。待っているよ」


 妙になれなれしい奴だな……俺の事を知ってるのか? どこかで会った事が……? いや、やはり知らん。とにかく会えば分かるだろう。


「ぽんぽこ、王達の居場所に心当たりあるか?」


「馬鹿な、そんな獣人に何が分かると……」

「うるせぇてめぇは少し黙ってろ」

「むぐっ……」


 俺が睨みを聞かせるとデルベロスは顔を真っ赤にして憤慨したが、それ以上何も言って来る事は無かった。


「きっと寝室ですわ。こちらです、案内しますわ」

「おう、宜しく頼むぜ」


「……なん、だと……? どういう事だ?」


 俺達が迷いなく進む様子を見てデルベロスは首を捻った。


 俺達はそんなデルベロスを無視して玉座の間の奥にある小さな扉を開け、奥へ進む。


「なっ、ヴァールハイトめ、こんな奴等の為に寝室までの道を開通させたというのか?」


「ぽんぽこ、あいつが何か騒いでるがどういう意味だ?」

「普段この通路は王族以外には開く事が出来ませんの。おそらくデルベロスは内側からの操作でヴァールハイトが開けたとでも思っているのでしょう」


 実際はぽんぽこが扉に触れただけなのにおめでたい馬鹿野郎だぜ。まだ何も気付いてねぇのかよ。


 ……俺はもう全部分かってるのにな。



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