第172話:ヴァールハイト。


「この階段を上がった先が寝室ですわ」


 ぽんぽこの案内で階段を上がっていく。どうやら後ろからデルベロスが付いてきているが……まぁいい。


 階段を登りきるとそこは長細い廊下になっており、部屋が三つ並んでいる。


「一番奥が亡くなったお母様の、手前がわたくしの部屋です。真ん中がお父様の部屋ですわ」


 だったら考えるまでも無い。王の部屋へ行こう。


 俺が真ん中の扉を開くと、思ったよりも広い部屋が広がっていた。

 部屋の奥にはベッドがあり天蓋がついていて、ベッドを囲んでいる。


「ふふ、待っていたよ」


 俺達を出迎えたのは、ベッドの傍らに立っている男。

 イケメン、とは少し違うかもしれない。どちらかというと耽美、という表現が正しい。

 中性的な顔立ち、流れる夜の川のような群青色の髪。長い睫毛、不敵な笑み。

 やはり俺はこんな奴知らない。


「お前がヴァールハイトか。ここに来るまで長かったぞ……」


「こんな場所ですまないが王は生憎とベッドから出る事が出来ない。簡易的ではあるがここで英傑王の称号授与という事で構わないかな?」


 俺の言葉など聞いていないかのようにヴァールハイトは必要な事を淡々と進めていく。


「ベッドから出られないというのは……思い病気ですの?」


 ヴァールハイトは目を細め、「似たような物だね」と呟いた。


「言葉を発するのも大変な労力なのでね、私が代わりに王の意思を伝える。ひとまずそれでご理解頂きたい」


 ひとまず、という所に何か含みを感じた。

 そんな俺を見てヴァールハイトがニヤリと笑う。気持ちの悪い奴だ。まるでこちらの心を見透かしているかのような……。


「それはそうと、そんな所に隠れていないで入ったらどうかねデルベロス殿」


「ふん、やはりお見通しか。しかし王がそこまで深刻な状況だとは……どうして今まで隠していた? 私にも知らせないとはどういう了見だ?」


 ドアの外に隠れるようにしていたデルベロスが部屋に入って来るなりヴァールハイトへ食ってかかる。


「ふっ、そんな些細な事は今どうでもいいのだよ」

「些細だと? 国の今後にも関わる重要な事ではないか!」

「その通り」


 ヴァールハイトがぴしゃりと、やたら強い語気でデルベロスの言葉を封じる。


「その通りだとも。国の今後に関わる重要な事だからこそ、のこの状況であるとだけ言っておこうか。それよりも今は授与を進めたいのだが?」


「ふん、勝手にしろ」


「では勝手にさせてもらうとしよう。ミナト、こちらへ」


 ヴァールハイトが馴れ馴れしく俺を呼び、俺もそれに従う。

 目の前まで行き、片膝をついて頭を垂れた。

 一応儀式としてこれはやっておかないとだからな。


「……と、忘れる所だった」


「? なんだね」


 ヴァールハイトが不思議そうに俺を見下ろす。

 そして、チラリと目をやるとデルベロスは憎々しそうに俺を睨んでいた。


「ヴァールハイト、そして王よ。英傑王の称号を受け取る前に俺は二人に伝えなければいけない事がある。この国で今起きている問題を知っているか?」


 その言葉を投げかけ、ヴァールハイトの反応を見る。

 何も変わらない。ただ目を細めて「知っているとも」とだけ。


「そりゃそうだよな? だってヴァールハイト。お前はそこのタヌキ獣人の正体を分かっているんだろう? ぽんぽこ、いや……ポコナ。こっちに来い」


「く……やはりその獣人はポコナ姫だったか。何かがおかしいと思っていたのだ」


 俺の言葉に一番反応したのはヴァールハイトではなく、デルベロスだった。


「この国で一部の人が先祖返りという呪いをかけられ獣人の姿に変えられてしまった。ここにいるポコナ姫もそうだ。獣人の姿になり奴隷市場に売り飛ばされそうになっている所を紆余曲折あって俺が保護した。俺はこの事態を伝える為、そして姫をここへ送り届ける為に英傑王になったんだ」


「ふむ……君には苦労をかけてしまったな。しかし安心するといい。その事態については全て把握している」


 ヴァールハイトは事も無げにそう言い放った。


「だったら、どうして姫を助けに来なかった!? なぜ今まで放置した!?」


「不思議な事を言うじゃないか。勿論、君が保護してくれていると分かったからだよ」


 ……は?

 こいつ、俺が姫と一緒にいるのを……?


「いつから知っていた?」

「何がかな?」

「俺と姫が一緒にいると、いつから知っていたと聞いてるんだ!」

「行方不明の姫がどこでどうしていたかは知らないさ。ただ、君の所に姫が訪れ保護された事は最初から知っていたよ」


 ……どういう事だ?


「今はその件は置いといていいだろう? それよりもミナトが気にしているのはその首謀者が誰か、解決する方法は無いのか、ではないのかね?」


 ……こいつの言う事も一理ある。

 俺は既にヴァールハイトを疑ってはいない。

 何故なら、この件の裏に居る黒幕を既に知っているからだ。


「話が早いな。俺はあんたらにこの件の黒幕について情報を提供する用意がある」


「なるほど、こちらもある程度目星はついているのだがね、確たる証拠もなく困っていた所なのだ。詳しく聞かせて貰ってもいいかな?」



「……勿論だ。俺はその為にここに来た」


 もうすぐだぞ、ティリスティア。


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