第166話:デート後の約束。
「もう、遅いよ~? 逃げられちゃったかと思ったじゃん!」
たっぷり悩んでゆっくりトイレから出ると、ティリスティアが待ち構えていた。
待ちくたびれて帰ってくれてりゃよかったのに。
『そんなに嫌なら断れば良かったじゃない』
……あのなぁ、こんな可愛い子にちょっとだけだからってお願いされて断れる奴はよっぽど幸せな人生送ってる奴だけだよ。
『……そ、そうなんだ』
そうなの!
……それに、元々俺もこいつに興味はあったしな。戦いにくくなるから接触は出来るだけ避けようと思っていた所だったので随分迷ったが……。
これも何かの縁ってやつだろう。この際こいつから聞き出せる情報を出来る限り引きずり出してやる。
「なに難しい顔してるの? ねぇねぇ、外にお洒落なカフェがあるから一緒に行こうよ♪」
「……俺達が外で歩いてたら一瞬でギャラリーに取り囲まれるぞ」
ただでさえこの女は目立つんだから俺を巻き込まないでほしい。
「そっかー、それもそうだね。じゃあ……えいっ! これでいいでしょ?」
ティリスティアが何か魔法を使った。
それは分かったのだが、ちょっとびっくりして言葉を失う。
「えへへ~♪ 私こういう事も出来るんだゾ♪」
ティリスティアは得意げに俺に顔を近付け、人差し指を俺の唇にちょんっと当てた。
「ばっ、おま……軽々しくそういう事するのやめろ! 心臓に悪いだろうが!」
『心拍数めちゃくちゃ上がってるわね……この女やりおるわ』
「そんな事より、どう? これなら平気でしょ?」
……先ほどの魔法で、ティリスティアの外見は素朴な眼鏡女子に変貌していた。黒髪を二本おさげにして丸いぐるぐる眼鏡をかけている。ぶっちゃけこれはこれでいい。
『君って奴は……』
うるさい! 文学少女とか瓶底眼鏡キャラは眼鏡取ったら美少女と相場が決まってるんだよ!
『でも今君もそんな感じよ?』
えっ?
慌ててトイレの中に戻り、鏡を覗き込む。
そこには……。
金髪を後ろで緩く二つ縛りにした眼鏡美少女が立っていた。
「こ、こここれは……! アリだな」
『君って奴は……』
「これならバレないでしょ? じゃあ一緒に行きましょ?」
ティリスティアはトイレに入って来たかと思うと俺の手を取り走り出す。
「おいティリスティア! 急に走るな危ないだろうが!」
「私の事はティアって呼んで!」
人の話など聞いちゃいない。
ティア、ティアね……。
「分かったよティア」
「うん、素直でよろしいっ♪」
ティアに引き摺られて外に出ると、俺の目を強烈な太陽光が突き刺す。
目をしかめていたらティアがケラケラと笑った。
こうしていると本当に普通の女子だなこいつ。
エクスを軽く倒して見せるほどの猛者とは思えない。
「ほらほらあそこ! 見てよあのパフェ! 凄くない!?」
ティアが指さした先には確かに若者が好きそうなお洒落カフェがあり、でかでかと垂れ幕にリリアンバッフェと看板メニューがプリントされていた。四十センチくらいはあろうかという物凄いパフェ……もとい、バッフェ。
「おいおいあんなの食べるのか……? 試合前に?」
「女の子が何言ってるの! それとこれとは別でしょっ!」
ティアは再び俺の手を引き、順番待ちの列に並ぶ。
店舗内で食べる列はとてもじゃないが何時間かかるか分からないので諦める事にした。
ティアは悔しがってたけれど。
「まぁ、テイクアウトならすぐで良かったじゃねぇか」
「うん……まぁそれもそうね。じゃああっちに小さな公園があるからそっちで食べましょ♪」
さっきまでどんより泣きそうな顔をしていたのが嘘みたいに明るく変わる。
表情がコロコロ変わってまさに天真爛漫な年頃の少女、って感じだ。
「ねぇねぇ、これってデートみたいだね♪」
「ぶほっ!!」
「うわーきったなー」
思わず噴き出した俺を見てティアが笑い転げる。その際にバッフェの器から果物が少し地面に落ちてしまい、途端に絶望した表情に変わった。
「……つらい」
「分かった分かった、ほれ今落ちた果物食っていいから」
そう言って俺のバッフェを差し出すと……。
「……」
「どうした? いらんのか?」
じーっと俺のバッフェを見つめるティア。
「あーん♪」
突然そう言って口を開く。
……おい、嘘だろ?
『この女やりおる……!』
「早くっ、あーん♪」
「くそが……分かったよ。ほれ!」
俺はスプーンでティアが落とした果物とクリームを掬い取り、その口の中へ。
「あむっ♪ むぐむぐ……おいひーっ♪」
「……はぁ。そりゃ良かったですな」
『気が動転して妙な言葉遣いになってますぞ』
お前もな。
「はい、おかえし♪ 口開けて? あーん♪」
「マジかよ……いや、いいって!」
「いいからいいから♪」
「ほんとマジで軽率にそういうのするなっ!」
「照れちゃってかわいーいー♪ 私のパフェが食えねぇってーのかー? おーん?」
「くっ……」
このままだと俺の身体の上にのしかかって来そうな勢いだったので諦めて差し出されたスプーンに食らいつく。
「初めからそうすればいいのだよ君ィ♪」
「なんなんだお前……距離が近すぎんだよいろいろと」
「えへへ♪ 君とは初めて会った気がしなくてね♪ つい調子に乗っちゃった。ごめん」
「謝るくらいならすんなっての……まぁそれはいいから。それより話があるんじゃないのか?」
ティアは一瞬視線を自分のバッフェに落とし、目を瞑った。
再び目を開いた時には、先ほどまでの少女の面影が消し飛ぶほど、真面目な目をしていた。
「貴女に、お願いがあるの。ううん、きっと貴女にしか出来ない」
……おお、これはめんどくさい事になる予感がするぞ。俺のめんどくさレーダーがビンビン反応してる。
『女の子にビンビン反応するだなんて卑猥だわ。一体どこについてるレーダーかしら? 今のミナト君にはついてなさそうだけど?』
黙っとれ。今大事なとこだから!
「……安請け合いはしない。でも内容を聞くくらいなら聞いてやる」
「ありがと……あのね、とても言いにくいんだけど……」
そこでティアは再び少女のような表情に戻り、目をあちこち泳がせながら言葉を選んでいた。
「なんだよ。そんなに言い辛い事か?」
「うん……その、迷惑なのは分かってるんだけど、どうしてもお願い」
意を決したティアが俺をまっすぐに見つめ、とうとうその言葉を吐いた。
「私を……殺してほしいの」
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