第165話: 嵐の前のトイレ。
はぁ……本当にエクスが負けてしまった。
俺が戦う時の為にもっと食らいついて奴の戦い方を引き出そうとかそういう事は一切考えてないらしい。
俺の力でどうにかしてみせろという強い挑発を感じた。
英傑王エクスが負けた。その事実は観戦者を驚かせ、そしてほどなく、誰かが手を叩き始め、それが伝播していき会場中が拍手の渦に包まれる。
拍手が終わった後も舞台の上で対峙したまま二人はなかなか舞台を降りようとはしない。
「君にとって英傑王の座はそんなに価値がないのかな?」
「称号などどうでもいい。余は余のやりたいようにするだけだ。勝ち負けなど大した問題ではない。やるべき事をやっていたら英傑王になっていたというだけの事だ」
「……じゃあ今の君は満足のいく生き方ができてるのね?」
ティリスティアの問いがどんな意味を持つのか俺にはよく分からなかったが、その表情はとても苦しそうに見えた。
「何を当たり前の事を。余は自分の生きたいように生きて死ぬ。それが満足でなくて何だと言うのか」
「……そっか。君は凄いね。私も以前はそうだった……でも、今は……」
「下らん。自分の生き方だ。自らの命を納得のいくように使わずしてなんとする。惰性の生に意味はあれど価値は無い」
いったい何の話をしてるんだあいつら……。
「やっぱり君は英傑王と呼ばれるに相応しい人だよ。私も覚悟が決まった」
「……ほう、して何の覚悟か問おう」
エクスが腕を組み、口角を吊り上げながらそう問うと、ティリスティアは満面の笑みで俺の方を見つめ、口を開く。
「勿論、英傑王になるって覚悟よ!」
……おお、めっちゃ意識されてる。出来れば穏便に済ませたい所だが、あいつと俺が戦ったらただでは済まないだろう。
無論負ける気は無いし、ママドラが付いてる以上負けるとは思えないが、あいつには何かがある。
きっと手加減は出来ない。本気で戦う事になれば最悪の場合命の奪い合いになるだろう。
英傑王になる覚悟を決めた、というのは俺を殺してでも上にいく覚悟、なのかもしれない。
俺にその覚悟はできるか?
関係の無い女を殺してでも英傑王になる覚悟が。
勿論英傑王にならなければ俺達の目的は果たされない。
だからやるしかないのだ。
それは分ってる。分かってるが……。
正直気が重い。
二人が舞台を降りる際、再び拍手が巻き起こる。
「なんとなんとなんとぉぉぉ!! 今年の英傑祭、ラストバトルはまさかの特別参加枠同士の対決だぁぁっ! ティリスティアとミナト、どちらが新たな英傑の称号を手に入れるのかぁぁぁっ! 俺も早くその戦いを見たいところだがティリスティアが連戦になってしまう為ここで少しの間クールタイムを取るぜーっ! 開始は三時間後だ! 一次解散ッ! みんな遅れるなよーっ!!」
実況の男が一気にまくし立てて舞台から消えると、会場から少しずつ人が減っていき、十分もするとほとんど会場から人がいなくなった。
「……驚きましたがついにここまできたのですわ! ミナト様、必ずや英傑王になって下さいまし! わたくし達の輝かしい未来の為に!」
「いや、王に会って話を聞くためだろうが……」
なんかこいつ問題がすり替わってるんだよなぁ。俺を英傑王にする事自体が目的みたいになってるが自分の状況思い出せよ。
「ぐぬぬ……貴様が英傑王になってしまったら姫との結婚に反対できなくなってしまう……しかし英傑王にならねば目的を果たせないしぐぬぬ……」
ロリナは歯を食いしばりすぎて今にも口から血でも垂れて来そうな感じだった。
触らぬ何とかに祟りなしというので放っておく事にする。
「しかしさすがミナト殿! ついに決勝戦だな。私も鼻が高いぞ!」
アリアは純粋に俺を応援してくれている。彼女にとって俺が勝つ事がさほど意味を持つとは思わないが、だからこそ本当に応援してくれているのだと分かって嬉しい。
イリスなんてちょっと飽きてきたのか眠そうにしてるし。
「あの女は強いぞ。貴様なら大丈夫だとは思うがな」
エクスは俺の隣に座ったままニヤニヤしている。腹立つからその顔やめろ。
「お前もっと頑張れば結構いい線イケたんじゃないか?」
「……そう思うか?」
エクスが真顔で俺を見つめる。なぜか気まずくなって目を逸らしてしまった。悔しい。
「あの女は底知れぬ。対峙してみなければわからんよ。少なくとも余ではどうにもなるまい」
エクスの言っていた、実力をまだまだ出し切ってないというのが本当だとしたら確かに危険な相手かもしれない。
俺はどこまで本気になるべきなのか……。
……うーん、考え事してたらトイレ行きたくなってきた。
次の試合までに時間あるしちょっと出てくるか。
「なぁ、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
「む……? ちゃんと女性用に入れよ。混乱を招くからな」
「わかっとるわい」
『君も自然に女性用の方に入るっていう習慣が身についてきたものね♪』
もういろいろ面倒になったんだよ。あとは少しばかりの諦めだ。
いつも俺がトイレに行く時は誰も付いて来るなと言い聞かせてあるのでネコは勿論イリス達も俺と一緒にトイレ……とは言いださなかった。
偉いけどちょっと寂しい気もする。
『女の子達と一緒にトイレ行って何する気よ』
なんもしねぇよ馬鹿。
皆に一声かけて席を立ち、控室近くの関係者用トイレに入ろうとした時だ。
「あっれー、奇遇だね♪」
俺が今一番気になっていて、それでいて一番会いたくなかった奴と鉢合わせてしまった。
「ねぇねぇ。たしかミナト……だったよね? 私君とお話したいなぁ~。少しでいいから時間取ってもらえないかな?」
身体を捻り、少し屈んで俺の顔を下から覗き込んでくる。
ぶっちゃけ顔はとても良い。笑顔も魅力的なのは否めない。
だけどなんだろう。この女を目にしてから鳥肌が止まらない。
「……だめ、かな?」
やめろ、そんなおねだりするみたいな目で俺を見るな。
「ねぇ、お願い。ちょっとだけでいいから。ね?」
「……と、トイレ終わってからでよければ」
頭の中に、ママドラの大きなため息が聞こえた。
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