第153:若いうちに負けとけ。


「エクスは戦わないのか?」

「そんな訳なかろうが。余は現英傑王だぞ? 一回戦など免除されておるわ」


 なるほどな……。英傑王ともなるとシード権があるって事か。


 この組み合わせだと第一試合を勝ち残るメンバーは六人。


「お前まさか準決勝からしか出てこないのか?」

「余だからな。それくらい当然だろう?」


 つまり第一回戦を勝ち残った六人で第二回戦をやり、そこで三人まで絞り込まれた状態でエクスを入れた四人で準決勝、勝ち残った者同士で決勝戦か……。


 そう考えると他の英傑達は出来る限り戦力を温存しながら戦わなきゃならないのか……。

 最初に全力使ってしまったら二回戦が厳しくなるし、当然その後英傑王になんて当たってしまったら最悪だ。


 一度英傑王になったら翌年からかなりのアドバンテージを持って臨むことになる訳だな。


「無論その年によって参加人数が違うからな。二回戦で奇数になるようならそこから参加する事になる。今年は準決勝までお預けのようだから退屈でかなわんな」


 腕組みをしながらそんな事を言いだす始末。

 かなり余裕があるようで、こいつならきっと一回戦から出ろと言われたら喜んで戦う気がする。

 ……いや、誰も倒してないような雑魚とは戦う気が起きないとか言い出すかもしれないか。


「さて、そろそろ観客も盛り上がって来たところだ。一回戦が始まるぞ」


「一回戦第一試合は、ジオタリス対ゼット!! 前回二回戦突破のジオタリスに最年少のゼットがどこまでやれるのか! 二人は舞台上へカモン!!」


 実況の蝶ネクタイ、サングラス、リーゼントと三拍子揃った男の言葉に応じてゼットという若い男が舞台上へ飛び乗る。


「やれやれ……じゃあ頑張ってくるぜ」

「おう、ジオタリスも頑張れよ」

「ミナトちゃんに応援されたら頑張らない訳にはいかないな」


 ジオタリスはゆっくり立ち上がり、舞台の方へ進んでいく。


 舞台の様子は先ほどの電光掲示板みたいなのがスクリーンとなり、拡大された状態で映し出されている。

 遠巻きに見ている観客たちにもあれなら戦いがよく見えるだろう。

 なかなか気が利いている仕様だ。


「ジオタリスさん、胸を借りるつもりで行きますんで……お手柔らかにお願いしますね」


「ゼットと戦うのは初めてだったな……でもお前が強いのは去年の戦い見て知ってるぞ。謙遜なんかせずに全力でかかってこい。どっちが勝っても恨みっこ無しだ!」


 二人の会話は思ったよりもちゃんと聞こえてくる。それこそひそひそ話でもしない限りは戦闘中の会話なども観客に筒抜けか……。


 迂闊に妙な事口走る訳にはいかないな。

 エクスはその辺大丈夫だろうが、ジオタリスやクイーンと対戦する事になったらそのあたり気を付けさせないと。


 さすがに六竜の件をこの国中にバラす訳にはいかない。


「では早速、第一試合開始ッ!!」


 実況の合図で舞台上に緊張が走る。


「ひひっ、恨みっこ無し……ですか。いい言葉ですよねぇ? 何をしたって相手から恨まれる事がない。最高ですねぇ!」


 ゼットは英傑武器をストレージから取り出しジオタリス目掛け振り下ろす。

 低めの身長に似つかわしくない巨大なハンマーだった。


 ジオタリスはそれが来る事が分っていたようにさらりとかわす。

 地面にハンマーが触れた瞬間地響きのように振動派が会場全体を包んだ。

 観客が言葉を無くす。というより、言葉を発する事が出来ない。

 おそらく短時間ではあるが麻痺しているようだ。

 近距離で受けたら隙だらけになってしまうだろう。


「そうだそれだ……去年お前の戦いを見て震えたよ。お前の力は強大で、しかも回避ができない」


「……なんで? なんでなんでなんで!? なんでお前はまだ動けるんですか!?」


「この振動は思ったよりも長く続いていてさ、前回見た時は四十秒だった。ジャンプして避けた所で着地点で振動派を受けてしまうだろう?」


 おお、ジオタリスがなんだか賢そうに見えるぞ!


「そうだ。だからなんでお前が動けるのか聞いてるんだよ!」


 ゆっくりとジオタリスがゼットに近付いていく。


「や、やめろ来るな!」


 ゼットは闇雲にハンマーを振り回すだけ。もう勝負は決まったような物だ。


「お前はまだ若い。力は凄いが経験が不足していた。ただ、それだけなんだよ」


「うるさいうるさい! 僕が負けるはずが……!」


「いいから。若いうちに負けとけ。去年は確か英傑王にやられてたよな? その力を発動させる前に。でもそれじゃあだめなんだ。自分の力の欠点をよく考えて、それを埋められるような男になれ」


 ジオタリスが英傑武器の斧を取り出す。


「く、来るなぁぁっ!!」

「経験が足りないから自分の攻撃が効かないだけで取り乱す。もっと精神を磨いた方がいい」


 ジオタリスが斧を、まるで武士が居合切りでもするかのように滑らかに、それでいて素早く一振りしただけで、ゼットのハンマーは真っ二つにへし折れて落ちた。


「ひっ……!」

「……負けを認めてくれるな?」


「……は、い」


 ゼットはその場に崩れ落ち、悔し涙を流す。


「ほう……あのジオタリスとかいう男、なかなかやるではないか。英傑の成長を促しつつ無傷で、かつ無駄な力を使わずに勝ってみせるとは大したものだ」


 英傑王がジオタリスを褒めている。

 確かに今のやりとりは俺が見てもちょっとかっこ良かった。


「でもあいつにはなんで効かなかったんだ?」

「ミナトには分からなかったか? あの男は振動派とまったく同じ周波数の振動を自分の周りに起こしていたのだ。身体に振動が届いた瞬間相殺されるようにな」


 へぇ……そんな魔法も使えたのか。

 それともこっそり修行でもしてたのかな?

 どっちにしても、やるじゃん。


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